「目の前の出来事を記録に残せるのは自分たちしかいない」。焼け落ちた家屋や建物の残骸が広がる神戸市長田区。阪神・淡路大震災から数日後、関西大社会安全学部教授の越山健治(47)は被災地に立ち、心に誓った。猛威を振るった火災の原因調査に取りかかろうとしていた。
当時は神戸大4年生。工学部教授だった兵庫県立大減災復興政策研究科長の室崎益輝(よしてる)(75)の研究室に所属した。都市の緑地計画に関心があり、柔軟な研究ができそうな室崎研を選んだ。そして震災が起きる。
がれきに阻まれながら、長田区まで片道2時間半かけて自転車で通い、被災者に出火時間や燃え広がった範囲などを聞き取った。1人につき1~2時間話を聞き、2、3人の調査が終わる頃には日が暮れる毎日。タイヤがしょっちゅうパンクした。
神戸大生を名乗ると大半の被災者が協力してくれた。同じ経験をした者同士という感覚があった。「頑張ってね」「こちらこそありがとう」。被災者の声に救われた。
調査そのものが被災者の期待に応えられたかは分からない。だが、こう考えた。「震災の事実を未来に伝えることが、被災者に報いる道」
室崎が何度も説いた言葉を覚えている。「学生は調査こそがボランティア」。専門性を生かして貢献できることは数限りない。被災者のために。室崎の一言が生き方を決め、都市防災の研究を続ける。
県立大大学院減災復興政策研究科准教授の紅谷昇平(48)もまた、震災を機に防災研究の道を選んだ一人だ。京都大大学院生だった紅谷は室崎研の火災調査に協力。50万棟の建物を対象にした被害調査でも、延べ約千人の学生ボランティアの一員として被災地を巡った。
尼崎市での調査中、被災者から声を掛けられた。「この家、直りますか」「これからどうしたらいいですか」。切実な問いだった。だが、「被害を調べているだけなんです」と答えるのが精いっぱいだった。
修理や建て替えで適切な助言ができるほどの知識はなかった。負い目が残った。元々はまちづくりコンサルタントを志望したが、「次の災害の被災者に役立つ研究調査をしたい」と考え直す。被災者への罪滅ぼし。その思いが常に胸にある。
火災の原因調査も、建物の被害実態調査も、一般にはあまり知られない専門家の取り組みだった。だが、次の災害を防ぎ、まちの復興を考える上で重要な礎となる。
室崎は震災の翌日、火の手が上がる街を見て、関東大震災で火災調査を行った物理学者・寺田寅彦を思い浮かべる。寺田は学生と焼け野原を歩き、火が燃え広がった原因を解明した。「今度は自分たちがやらねば」。被災地の科学者として使命を果たす-。室崎の命題となった。
1995年1月29日、震災発生から13日目。午後3時すぎ、神戸市灘区楠丘町のまちづくり会社コー・プランに、室崎をはじめ大学研究者や都市計画の専門家ら約20人が集まった。日本都市計画学会関西支部と日本建築学会近畿支部のメンバーだ。
「西宮は全部やる」。まちづくりコンサルタントの後藤祐介(故人)が口火を切り、室崎が続く。「被災地を網羅しよう」。コー・プラン代表の小林郁雄(75)は「『被災はこの程度か』と世間に誤解されたくなかった」と決意の背景を述懐する。被災地全50万棟調査が動きだした。
神戸市東部や阪神間は神戸大や大阪大、京都大などが担当すると割り振ったが、被害が大きい長田区など神戸市西部はアクセス手段がなく空白となっていた。調査は時間との勝負。早く着手しなければ家屋が解体され、被災度合いの把握が困難になる。小林はすぐに神戸芸術工科大教授だった現学長の齊木崇人(70)に連絡を入れる。「やりましょう」。齊木は快諾した。
環境デザインが専門でフィールドワークが得意な齊木は、被災地の調査に向けて既に人集めを始めていた。小林の要請を受け、2月6日から3月15日まで兵庫、長田、須磨、垂水区と明石市で調査に臨んだ。
外壁の破損程度や落下した屋根瓦の量、建物の軸となる柱の傾き加減など、調査項目をまとめたマニュアルと住宅地図を持たせた。学生約90人は神戸市西区・学園都市の大学に寝泊まりをしながら、地下鉄で須磨区の板宿駅まで通った。
齊木自身も街に出た。がれきと化した家々を見詰めながら、街の調和を保つ都市計画や人の命を守る建築が機能しなかった現実に打ちのめされた。自宅に戻ると涙がこぼれた。
気づきもあった。長田区沿岸部の駒ケ林地区に残っていた明治期の古い家屋は傾きはしたが、倒壊を免れていた。一方、近代建築の家屋が軒並み倒壊。「被害が大きかったのは水田やため池を埋め立てた場所。地盤が緩い地域だった」と齊木。戦前に始まった都市開発のひずみが、被害を拡大させていた。現場を歩くことで街の課題が眼前に現れた。
神戸芸工大教授の小浦久子(62)は芦屋市で調査した。大阪大助手として学生の差配や他大学との調整も担い、不眠不休の日々を過ごした。
芦屋市の自宅は一部損壊だったが、日常を奪われた被災地から大阪への通勤はこたえた。被災者の心情が理解できる人は少なかった。揺らぐ気持ちを抑えながら、被災地の力になろうと心がけた。「被災地が“生き直す”には復興の方針が鍵を握る。調査が街の針路を決める上で重要と信じて取り組んだ」
火災調査に参加した神戸大研究員の大西一嘉(66)は、焼け野原になった街を特別な思いで見詰めた。
震災の10年前、室崎の助手として神戸市の「市地域防災計画・地震対策編」策定に関わった。大火のリスクが大きい地域や想定される出火件数を算出した調査結果を計画に盛り込んだが、肝心の対策は具体化しないまま震災を迎えた。神戸市西部では、焼損面積3万3千平方メートル以上の大火が7カ所も発生した。
行政を動かせなかった悔い。「研究者は研究だけに終始してはだめだ」。震災1年前にあった米ノースリッジ地震で多発した「通電火災」が、阪神・淡路でも起きたのでは-。「電気が復旧した時に火花が飛んだ」などの目撃証言を集め、室崎とともに通電火災の発生を世に訴えた。
関係業界の一部から疑義も示されたが、その教訓は2004年の新潟県中越地震に生かされる。電気の復旧作業に住民の立ち会いを求めた結果、通電火災は起きなかった。「研究者は社会がより良くなる道しるべを提案できる存在であるべきだ」。震災が大西の信念を形作った。
震災が街に残した深い傷痕。それは、悲しみを二度と繰り返させないという決意を多くの人に植え付け、生きざまを変えさせた。=敬称略=
(金 旻革、竹本拓也)
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