写真をじっと見詰めていた。
1995年秋、神戸市中央区のポートアイランド第3仮設住宅。自治会長の安田秋成(みのる)(94)は午後10時ごろ、見守り活動中に暗い部屋に小さくともるあかりが気になった。独り暮らしの60代男性宅。缶ビールが置かれたテーブルの前で座っていた。
2時間後、再び男性宅をのぞいた。同じ姿勢だった。男性は洋裁業を営んだが、阪神・淡路大震災で事業再開が困難に。妻は震災の犠牲になった。見詰めていたのは遺影だった。
「一緒に死んだほうがよかったな」。心の悲鳴が聞こえた。
安田は男性が所有するミシン3台を仮設住宅のふれあいセンターに置くよう提案。洋裁の教えを請う女性らが現れ、男性に人付き合いが生まれた。
「向こう三軒両隣」。住民がそんな関係を欲していると感じた安田は仮設住宅内の道路や垣根を修繕するチームを立ち上げ、コミュニティーづくりに腐心する。ふれあいセンターでお茶会を開き、正月は餅をついた。
2012年、同仮設で最高齢だった女性を訪ね、百寿を祝う。「みんなが思い合い、協力した。人間らしい生活だった」。懐かしそうに語る表情は、安田の忘れられない思い出だ。
◇
仮設住宅へ。被災者は避難所を脱し、生活再建への一歩を踏み出したはずだった。だが、思いも寄らない事態が相次ぐ。孤独死だ。
「希望の見えない日々が、被災者に重くのしかかった」。仮設住宅で支援活動を担った市民団体「阪神高齢者・障がい者支援ネットワーク」代表の宇都幸子(75)が振り返る。
家族や住居、職を失ったストレスが仮設住民の心と体をむしばんだ。元の住まいで育んだコミュニティーは断絶し、個室に引きこもった入居者の異変に気付くのが遅れた。震災を巡る孤独死は233人に上った。
宇都が参加した支援団体で代表を務めた看護師の黒田裕子(故人)は、神戸市西区の西神第7仮設住宅で24時間態勢の見守り活動に一身をささげる。「孤独な死の前に、孤独な生がある」。アルコール依存や心の病など生きづらさを抱えるあらゆる仮設住民たちに、時に優しく、時に厳しく、寄り添った。
◇
新しい課題も生まれている。兵庫県立大大学院減災復興政策研究科長の室崎益輝(よしてる)(75)が「被災者の存在が見えなくなった」と指摘する点だ。
ピーク時の95年11月に4万8300戸が供給された阪神・淡路の仮設住宅はほとんどがプレハブ工法で建築された。一方、東日本大震災では計11万7558戸の約6割にあたる約6万9千戸が、民間賃貸住宅を借り上げる「みなし仮設」となった。みなし仮設は熊本地震や西日本豪雨でも主流になった。
ここで問題が起きる。みなし仮設では、周囲から被災者として認識されずに孤立感を深め、ボランティアらによる支援の対象からも漏れてしまう。熊本県では、みなし仮設での孤独死がすでに30人を超えている。
政府は、南海トラフ巨大地震で必要な仮設住宅を105万~205万戸と試算する。そのうちみなし仮設を121万戸と見込むが、その膨大な数の分だけ「見えない被災者」が生まれ、孤独死予備軍となる懸念が拭えない。「軒を並べた仮設住宅で生まれた人と人の支え合いにもっと目を向けるべきだ」と室崎。人と人とのつながりこそが命綱になる。=敬称略=
2019/12/14【結び】次代へ 災害の悲しみ繰り返さない2020/3/28
【結び】次代へ 被災地の「遺伝子」を継ぐ2020/3/28
【16ー2】市民社会 助け合いから芽生えた協働2020/3/21
【16ー1】市民社会 地域に根差す「新しい公共」2020/3/21
【特別編】防災の普及・啓発 世界21か国で開催「イザ!カエルキャラバン!」2020/3/14
【特別編】防災の普及・啓発 カード形式で震災疑似体験「クロスロード」2020/3/14
【15ー2】つながる被災地 「恩返し」の心意気息づく2020/3/7
【15ー1】つながる被災地 「責任」負い、次なる災害へ2020/3/7
【14ー2】診るということ PTSD、後遺症…耳傾け2020/2/29
【14ー1】診るということ 救えた命と心 医師の苦悩2020/2/29
【特別編】阪神高速倒壊訴訟 高架道路崩壊の責任問う2020/2/22
【13ー2】復興住宅 地域の福祉力 支え合いが鍵2020/2/15
【13ー1】復興住宅 「鉄の扉」、孤絶した被災者2020/2/15
【12ー2】まちづくりの苦闘 つながり再生へ、対立と融和2020/2/8
【12ー1】まちづくりの苦闘 住民散り散り、再建の壁に2020/2/8
【特別編】被災者支援の将来像 現金支給で迅速な支援を 元日弁連災害復興支援委員会委員長弁護士 永井幸寿氏2020/2/1
【特別編】被災者支援の将来像 災害ケースマネジメント 日弁連災害復興支援委員会委員長 津久井進氏2020/2/1
【特別編】被災者支援の将来像 被災者総合支援法案 関西大教授 山崎栄一氏2020/2/1
【11ー2】復興基金と支援会議 現場主義、暮らし改善提言2020/1/25
【11ー1】復興基金と支援会議 「参画と協働」の原点に2020/1/25
【特別編】井戸敏三・兵庫県知事インタビュー 「事前の備え」訴え続ける2020/1/19
【特別編】久元喜造・神戸市長インタビュー 危機管理 想像力を鍛えて2020/1/19
【10ー2】悼む 一人一人の犠牲と向き合う2020/1/11
【10ー1】悼む 記憶共有「言葉が力を持つ」2020/1/11
【9ー2】生活再建支援法 国の「壁」破り個人補償へ2019/12/28
【9ー1】生活再建支援法 被災者救済、市民力の結晶2019/12/28
【8ー2】仮設の日々 人間の生活に「仮」はない2019/12/14
【8ー1】仮設の日々 「つながり」孤独死防ぐ命綱2019/12/14
【7ー2】3・17ショック 日程優先、住民不在の復興案2019/12/7
【7ー1】3・17ショック 合意なき計画多難の船出2019/12/7
【特別編】浮かび上がった課題 支援ボランティアへの支援 兵庫県立大大学院 減災復興政策研究科長 室崎益輝氏2019/11/30
【特別編】浮かび上がった課題 外国人との共生 多言語センターFACIL理事長 吉富志津代氏2019/11/30
【特別編】浮かび上がった課題 トイレ環境の改善 NPO法人日本トイレ研究所代表理事 加藤 篤氏2019/11/30
【6ー2】倒壊の現場 生き方変えた眼前の現実2019/11/23
【6ー1】倒壊の現場 被害の実相 教訓見いだす2019/11/23
【5ー2】混乱の避難所 思いやり、苦境分かち合う2019/11/16
【5ー1】混乱の避難所 過酷な環境、相次いだ関連死2019/11/16
【4ー2】ボランティア 助け合う尊さみな実感2019/11/9
【4ー1】ボランティア 自ら動く被災者のために2019/11/9
【3ー2】危機管理 「心構え」なく初動に遅れ2019/11/2
【3ー1】危機管理 「迅速な全容把握」なお途上2019/11/2
【特別編】地震と共存する 石橋克彦・神戸大名誉教授2019/10/26
【特別編】地震と共存する 尾池和夫・京都造形芸術大学長2019/10/26
【2ー2】午前5時46分 眼前で人が火にのまれた2019/10/19