「先生の話をするね」。長谷川元気(33)が教壇から語り掛ける。「先生のお母さんは阪神・淡路大震災で洋服だんすの下敷きになって亡くなった。家具を固定すれば助かったと思う」
昨年12月、神戸市内の小学校。地震について学ぶ授業で、6年生の男児が「家具の固定なんて意味ないやん」と切り出した。その言葉を受け、長谷川は自身の体験を話し始めた。いつか起きる地震に備え、命を大切にする心を育んでほしい-。児童たちは静かに聞き入った。
25年前、母の規子(のりこ)=当時(34)、末の弟の翔人(しょうと)=同(1)=が神戸市東灘区本山中町の木造アパートで犠牲になった。5人家族だった。規子と翔人のほかに父と1歳下の弟。1995年1月17日午前5時46分、大きな揺れで天井が崩れ落ちた。
「きっと生きている」と信じたが、夕刻に避難先で訃報を聞いた。涙が止めどなく流れた。小学2年の出来事だった。
家族の夢を見るようになった。5人で食事をし、1歳半のはずの翔人とサッカーに興じる。規子と「将来が楽しみやな」と笑い合う。震災なんてなかったんや-。目が覚めた時、決まって涙が頬を伝った。
級友との会話で家族が話題に上るとさみしさがこみ上げた。しばしば運動場端にあるウサギ小屋の前で1人座り込んだ。担任の先生がそばに来て、背中をさすってくれた。「大丈夫」。温かくて、安らぎを覚えた。
幼稚園教諭だった規子は明るくて快活だったが、しつけは厳しかった。食事を残すとよく注意された。「怒られた記憶ばかり」。もっと笑顔にしてあげたかった。後悔が残る。翔人の面倒も見てあげたかった。
大切な人がいついなくなるか分からない。日頃から感謝の気持ちを持つことを伝えたい、と教員を志した。「多くの犠牲の上で今の神戸がある」。神戸を拠点に全国で活動する「語り部KOBE1995」に6年前から参加し、経験を語り継ぐ。
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感情を言葉に表すことで、前を向けることがある。寄り添う聞き手の存在は、その背中を押すこともできる。
森尚江(ひさえ)(82)は震災で次男の渉=当時(22)=を失った。渉は神戸大法学部4年生。神戸市東灘区本山中町で、下宿先の倒壊に巻き込まれた。
「文学青年でね。わが子ながら憧れの男性だったの」。昨年12月初旬、京都市東山区にある森の自宅を、神戸大生ら4人が訪れた。夏目漱石に夢中になった高校時代、テナーサックスに励んだ大学生活、新聞社入社を控えての非業の最期…。真剣なまなざしでノートをとる学生の姿に、森は「渉が来てくれたよう」とほほ笑んだ。
学生たちは一昨年末に発足した「神戸大学メディア研」のメンバー。震災で犠牲になった神戸大生の遺族らを取材し、ウェブサイトで発信する。
「今の神戸の街しか知らない世代に震災を伝えるには、心に響くご遺族の言葉が力を持つ」。代表の神戸大大学院1年森岡聖陽(まさあき)(22)は宮崎県出身。震災とは縁遠かったが、被災の激しかった神戸大でも、その記憶が薄れ、共有されていない状況をなんとかしたかった。
インタビュー後、森が謝意を述べた。「渉の死を無駄にしない気持ちを感じられて悲しみが癒やされた」。語り継いでほしい-。遺族の願いが学生たちの胸にこだました。=敬称略=
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