防災教育は阪神・淡路大震災をきっかけに機運が高まったが、堅苦しいイメージがつきまとう。そこで「楽しい」「ためになる」を追求した神戸発の取り組みを紹介したい。防災訓練に挑み、おもちゃを入手できるプログラム「イザ!カエルキャラバン!」は子どもたちに大人気で、海外にも広まる。カードゲームの「クロスロード」は災害時に直面する葛藤を追体験でき、阪神・淡路の教訓を今に伝える。(金 旻革、竹本拓也)
「大地震が発生。自宅は半壊だが、徒歩2、3時間かけて出勤する?」「避難所に3千人いるが、食料は2千人分のみ。配る?」-。問いに「はい」「いいえ」で答え、議論を交わす災害対応シミュレーションゲーム「クロスロード」。正解のない二者択一のジレンマに陥り、回答者の本心を引き出す。普及に取り組む「神戸クロスロード研究会」代表理事の浜尚美さん(54)は「さまざまな意見を聞くことで自らの防災力も高められる」と話す。
進退を決める分岐点を意味するクロスロードは、京都大防災研究所などが2003年度に開発。きっかけは、開発チームが前年度に実施した阪神・淡路大震災に関する神戸市職員への聞き取り調査だった。
調査では、救助活動に奔走した消防隊員や避難所運営に従事した職員など、災害対応の経験で抱えた葛藤をインタビュー。計130時間分に及ぶ内容を防災教育に役立てるため、クロスロードが編み出された。
ゲームはカード形式。提示された質問事項に「YES」「NO」と記されたカードを差し出し、多数派になれるかを競う。質問は大きく4パターンで、聞き取り調査を基にした「神戸編・一般編」は、震災当時に実際に岐路に立たされた場面を再現。他に地域の防災活動に取り組む人向けの「市民編」や、被災地支援に関心を持つ人対象の「災害ボランティア編」もある。
「必ず判断の理由を述べなければいけないことがポイント」と浜さん。浜さんは神戸市の元保健所職員で、身近にあるリスクに備えるクロスロードの手法に引かれた。退職後の05年9月に職員有志とともに同研究会を立ち上げ、全国各地で普及活動を開始した。
これまでの活動実績は計796回で受講者は延べ約4万6800人。自治体職員の研修をはじめ、学校や自主防災組織などを中心に依頼がある。浜さんは「発言者の意見に参加者が自然と耳を傾けられるので、普段あまり意見を述べる機会がない女性や子どもの刺激になるようだ」と話す。
クロスロードは各地で共感を集め、宮城や熊本、佐賀県などでも普及の動きが進んでいるという。浜さんは「今後は障害者をはじめとする災害時要支援者も巻き込み、クロスロードの輪を広げたい」と意気込んでいる。
■神戸クロスロード研究会代表理事 浜尚美さん 次の災害に備え経験と課題共有
-なぜ「クロスロード」の普及に取り組むのか。
「神戸市職員のころ、職員仲間と興味本位でやってみた。阪神・淡路大震災からそろそろ10年という時期で、教訓の継承が課題となっていたが、クロスロードでは震災の経験者が体験を語りやすいことに気づいた。日常生活では震災を話題にしにくい雰囲気があり、これは面白いと思った」
-災害時に役立つ防災力は高まるのか。
「実際に役立つかどうか明言は難しいが、2010年2月に宮城県庁の職員研修で紹介し、1年後に東日本大震災が発生した。宮城県の職員から『クロスロードでいろんな局面で決断が必要と分かった。阪神・淡路の課題は陳腐化していない』と連絡があった。取り組む意義は十分あると実感できた」
-クロスロードにおける学びとは。
「最も重要なことは阪神・淡路の経験を共有できること。行政職員や市民らは『こんな悩ましい問題が起こるのか』と身につまされる。そして、なぜ非常持ち出し袋を備えなければいけないのか-など、備えの大切さも納得できるはずだ。阪神・淡路を疑似体験することで、次の災害から命を守る行動に生かせると考える」
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