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スクープラボ

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JR三ノ宮駅に掲示された持ち込み品の規定。赤い文字の「持ち込めない荷物」に「死体」とある=神戸市中央区
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JR三ノ宮駅に掲示された持ち込み品の規定。赤い文字の「持ち込めない荷物」に「死体」とある=神戸市中央区
JR三ノ宮駅に掲示された持ち込み品の規定。赤い文字の「持ち込めない荷物」に「死体」とある=神戸市中央区
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JR三ノ宮駅に掲示された持ち込み品の規定。赤い文字の「持ち込めない荷物」に「死体」とある=神戸市中央区

 神戸市灘区の会社員の女性(40)から神戸新聞の双方向型報道「スクープラボ」に疑問が寄せられた。鉄道駅の券売機付近に掲示されている「持ち込めない荷物」の規定に、危険物や動物などに交じり「死体」と書いてある。「死体」とは動物の「死骸」ではなく、人の「遺体」のようだが、なぜ? 調べると、予想しなかった背景が浮かび上がった。(前川茂之)

 駅に掲示していた阪急電鉄とJR西日本に尋ねると、この規定は国の鉄道運輸規程をそのまま転記したものという。ただ両社の担当者とも「なぜこんな規定が」と首をかしげる。阪神電気鉄道は1998年に規則を改定した際に「時代に合わない」と削除したというが、多くの鉄道会社の営業規則などには同じ規定が盛り込まれていた。

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 そもそも国はなぜこんな規定を作ったのか。1900(明治33)年に制定された鉄道運輸規程には当初、「死体」の文字はなかった。「座席をふさがず、不潔や臭気などのために他の乗客に迷惑を及ぼさないものは持ち込みできる」という内容の定めがあるだけだ。

 42(昭和17)年の規程改定の際、旅客列車に持ち込んではいけないものとして「死体」が追加された。国土交通省鉄道局は「時代に合わせ、条文を具体的にしたのでは」とする。ただ当時も今も、鉄道で遺体を運ぶ場合は貨物を使うと定められている。なぜわざわざ旅客列車に禁止項目として盛り込む必要があったのか。

 昭和17年といえば、太平洋戦争の開戦翌年。戦争が背景にあるのだろうか-。

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 この推論について、鉄道史学会(東京)に見解を聞いたところ「大変興味深い論点」と関心を寄せたが、明確な回答は得られなかった。そんな中、東京交通短期大学の濱雄亮准教授(社会史)が「あくまで推測」とした上で答えてくれた。

 「あえて禁止項目に明記したということは、貨物ではなく、旅客列車で死体を運ぶ人が現実にいたのでしょう」。濱准教授は時代背景として、43年に「決戦ダイヤ」と呼ばれる大規模なダイヤ改正があったことに注目する。

 石炭など軍事物資の輸送を優先するため旅客列車が減らされ、貨物列車が大幅に増便された。貨物取扱量は36年から43年までに約43倍に増加。大半が軍事輸送で、民間利用は最小限に抑えられた。人々は減便された旅客列車に何とか乗ろうと、客車の屋根にまで飛び乗る風景が日常となった。

 もう一つのポイントが、当時の遺体の処理方法だ。厚生労働省の記録では40年の火葬率は55・7%。土葬も多かった。濱准教授は「亡くなった人の遺体は、できるだけ古里に帰してあげたいというのが日本人の霊魂感。ただ遺体を運べる貨物列車は軍事物資であふれている。そんな中、必死の思いで旅客に家族の遺体を乗せた人がいたのでは」。

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 実は遺体の持ち込み禁止の規定は、航空会社にもある。こちらも国の指導を基に作られたという。国交省航空局の担当者は淡々としていた。「鉄道規則を下敷きにしたのでしょう。“化石”みたいなものですね」

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 明確な理由は分からなかったが、疑問を寄せた女性に報告すると「もやもやが晴れた。それにしても、あのインパクトのある文字をこれまでスルーしていたなんて」。聞けば、新型コロナウイルスの感染防止で間隔を空けて券売機に並んでいた際にふと、「死体」の文字が目に留まったとか。これもコロナ禍がもたらした「気付き」の一つかもしれない。

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 神戸新聞社は、読者の投稿や情報提供を基に取材を進める双方向型報道「スクープラボ」を始めました。身近な疑問や困りごとから、自治体や企業の不正告発まで、あなたの「調べてほしい」ことをお寄せください。LINEで友だち登録(無料)した後に投稿できます。皆さんと一緒に「スクープ」を生み出す場。ご参加をお待ちしています。

2021/2/9
 

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