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「あと少し」。ゴールを目前に、力強く走る福石健一さん=18日午後、神戸市中央区港島1(撮影・大山伸一郎)
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「あと少し」。ゴールを目前に、力強く走る福石健一さん=18日午後、神戸市中央区港島1(撮影・大山伸一郎)

「あと少し」。ゴールを目前に、力強く走る福石健一さん=18日午後、神戸市中央区港島1(撮影・大山伸一郎)

「あと少し」。ゴールを目前に、力強く走る福石健一さん=18日午後、神戸市中央区港島1(撮影・大山伸一郎)

 秋の色を深める港町を、今年も約2万人が駆け抜けた。18日に開催された第8回神戸マラソン(神戸新聞社など共催)。被災地が結ぶ縁を深めたい、周りを勇気づけたい-。それぞれの思いを胸に42・195キロに挑むランナーの背中を、沿道の応援と潮風が優しく押し続けた。

 2011年3月の東日本大震災に由来する自身のニックネーム「Kみちのく」をゼッケンに記した。兵庫県明石市職員の福石健一さん(49)=兵庫県高砂市。神経痛のため腰にコルセットを巻いての挑戦となったが、「東日本の被災地との縁をつなぎ続けたい」との一心で最後まで走り切った。

 東日本大震災の2カ月後、福石さんは宮城県気仙沼市に災害派遣された。がれきばかりの街の姿にがく然とした。それまで「阪神・淡路大震災で大きな被害を受けなかった身で、震災を語ることに遠慮があった」が、気仙沼での活動を通じ「阪神・淡路も東日本も、絶対に広く伝えなくてはいけない」と強く思うようになった。

 災害派遣で芽生えた縁をつなぐことから始めた。震災後にできた臨時災害FM局から衣替えした気仙沼のコミュニティーFMには、今でも「KENみちのく」名で投稿したり、出演したりしている。宮城のマラソン大会にも出場を続ける。「走ることを口実に東北の被災地に行き、地元の人と交流したいから」という。

 東日本大震災の年に始まった神戸マラソンでは、東北の被災地から出場するランナーを支援するボランティアに加わった。翌年の第2回大会からは、被災地のランナーを家族で沿道から「頑張れ東北!」と応援するのが恒例になった。

 そして、8回目となった今年の神戸マラソンは、自らが出場する側に回った。阪神・淡路からもうすぐ24年。東北の被災地に思いをはせながら、震災から立ち直った街の変化を走ることで感じたかったからだ。

 制限時間内でのゴールが厳しくなり始めたレース終盤。ゼッケンを見た人からの声援に背中を押され、力をもらった。「震災を直接体験していない人でも語り継ぎ、伝えることはできるはず」。完走して、改めてそう思えた。(段 貴則、井上 駿)

2018/11/18

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