骨董漫遊
前回に続いて、古銭の話をしたい。
ある日、各地のコイン店が集結して展示・販売する「コインショー」なる存在を知る。ぜひとものぞいてみたいと思って昨年、大阪で開催されたコインショーに初めて足を運んだ。
会場には輸入銭はもちろん、大判・小判、外国コインなどがずらりと並び、ある業者などは、中国の古銭だけで数十冊のアルバムを持っていた。同じ名称でも、大きさや書体などによって価格が異なる。近年、人気が高まっているという中国の明(みん)や清(しん)の時代のものには、手元のカタログの何倍もの値が付いていた。
コインショーの光景を目にして以来、いつものごとくコレクションを増やしたくなり、あれこれ買い求めるようになる。
そして、ついに、あの「和同開珎(わどうかいちん)」に出合った。ある骨董(こっとう)祭で見つけたのだ。日本史の教科書に載っていた超有名な貨幣である。かなりの出費だったが、迷わず買った。よし!
ところが、である。持ち帰って眺めるうち、果たして本物かどうか、気になり始めた。まさか…。いやいや、そんなはずはない…。
あれこれ考えた末、神戸のJR六甲道駅近くのコイン店に持ち込むことにした。「この和同開珎、本物でしょうか」
そう尋ねると、店主の福家正憲さん(70)はすぐに重さを量った。「5・28グラム、これは重すぎますね。本物なら通常2グラムか、3グラムです」。それから拡大鏡でじっくり見て、こう言ったのだった。
「千年以上も前のお金なら、こんな色はしていません。地金の質感から言って、明治以降に作った絵銭でしょうな」
「明治以降? なぜだ!」。シャウトしたい心境だった。
絵銭とは、玩具(がんぐ)や記念品などとして製造された貨幣の類似品をいう。目の前で、店主が指の間に貨幣を挟む動作を繰り返す。
「本物なら、仕上げがしっかりしています。10円玉のように机の上に立つはずです」。だが、何度やってもパタリ、パタリと倒れるばかり。私の「和同開珎」は完全な偽物だった。
福家さんは私を慰めてくれようとしたのか、「雰囲気は十分に出ています。明治以降に作られた絵銭として、5千円程度の価値はあります」と言った。
私がこれをいくらで買ったかは言わなかった。ここでも書けない。「5千円程度」と聞いて、ぼうぜんと立ち尽くす姿から想像していただきたい。
(骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
2020/9/28【66】骨董市の魅力その二 闘争の象徴、価値は3千円2021/12/27
【65】骨董市の魅力 その一 偽物をつかまされたけれど2021/12/20
【64】美術館をつくる その二 収集品を社会に役立てる2021/12/13
【63】美術館をつくる その一 細見古香庵の存在を知る2021/12/6
【62】埴輪のN子さん その二 京都で運命の出会い 2021/11/29
【61】埴輪のN子さん その一 国宝の“兄弟”を手に入れた2021/11/22
【60】中国の簡牘 その二 真偽の決着はいかに2021/11/15
【59】中国の簡牘 その一 「孫子」研究の新発見か2021/11/8
【58】仏教古美術 その二 残欠から想像する楽しみ2021/11/1
【57】仏教古美術 その一 仏像の手も収集の対象?2021/10/25
【56】鳥取の骨董店 その三 大皿の裏書き、謎を追う2021/10/18
【55】鳥取の骨董店 その二 大皿の横綱は「稲妻雷五郎」2021/10/11
【54】鳥取の骨董店 その一 コピー作品、と思いきや2021/10/4
【53】幻の甲骨文字 その二 自慢の所蔵品、真偽やいかに2021/9/27
【52】幻の甲骨文字 その一 「金の鉱脈」掘り当てたか2021/9/13
【51】徳利の話 その二 油抜きの「最終手段」とは2021/9/6
【50】徳利の話 その一 「1200」ならお買い得!?2021/8/30
【49】中国の鏡 その二 偽物、しかもここ20年ほどの2021/8/23
【48】中国の鏡 その一 体調不良、呪いのせいか2021/8/16
【47】朝鮮の鐘 その二 あれは重文級だったのか2021/8/2
【46】朝鮮の鐘 その一 大金払ったが、数日で後悔2021/7/26
【45】中国の古印 その二 手に入れた「大清帝國之璽」2021/7/19
【44】中国の古印 その一 紙の普及前は泥に押した2021/7/12
【43】四角い茶碗 その二 憧れの名器は2億1千万円2021/7/5
【42】四角い茶碗 その一 固定観念覆す形に魅了2021/6/28
【41】骨董とは? その二 美の本質に筆力で迫る2021/6/21
【40】骨董とは? その一 文豪の「高説」に触れる2021/6/14
【39】鎹(かすがい) その二 愛着の器を直して使う文化2021/6/7
【38】鎹(かすがい) その一 「馬蝗絆(ばこうはん)」の修理法に迫る2021/5/31
【37】「桃山」の謎その二 業界都合!? 期間は2倍に2021/5/24
【36】「桃山」の謎 その一 江戸期以前かと思いきや2021/5/17
【35】富士山 その三 統制陶磁器の存在を知る2021/5/10
【34】富士山 その二 吹墨の絵付けに魅了され2021/4/26
【33】富士山 その一 昔から山の絵と言えば2021/4/19
【32】民衆仏 その三 還暦迎え、募るいとおしさ2021/4/12
【31】民衆仏 その二 「かんちゃん」と命名した2021/4/5
【30】民衆仏 その一 お坊ちゃま顔の観音さま2021/3/29
【29】古代刀 その三 錆びた刀に哀愁を覚える2021/3/22
【28】古代刀 その二 「飲んだら、触るな」を実感2021/3/15
【27】古代刀 その一 鳥取で一目ぼれした脇差2021/3/8
【26】石川啄木の日記 その二 絵を評価した理由とは2021/3/1
【25】石川啄木の日記 その一 「少女の絵」とは、もしや2021/2/22
【24】但馬南鐐銀 その二 貨幣の謎若き僧侶が解明2021/2/15
【23】但馬南鐐銀 その一 もらい損ねた高額銀貨2021/2/8
【22】藤原定家の歌 その二 まねしやすい人気の書風2021/2/1
【21】藤原定家の歌 その一 名前につられて落札2021/1/25
【20】文明開化の皿 その二 最先端の明治、なぜ描けた2021/1/18
【19】文明開化の皿 その一 忘れられない図柄に再会2021/1/4
【18】浜口陽三の版画 その二 ナンバーの謎は残ったが2020/12/28
【17】浜口陽三の版画 その一 別の作品が裏に付いていた2020/12/21
【16】石橋和訓の肖像画 その三 絵をめぐる疑問を推理2020/12/14
【15】石橋和訓の肖像画 その二 別々に買い求めた絵は2020/12/7
【14】石橋和訓の肖像画 その一 100年前の作品親戚に酷似2020/11/30
【13】経筒 その三 千年の夢が、5分で覚めた2020/11/16
【12】経筒 その二 土の中で眠っていたはず2020/11/9
【11】経筒 その一 国宝に似た逸品買い逃す2020/11/2
【10】政治家の書 その四 非業の死が価格に反映2020/10/26
【9】政治家の書 その三 松方正義が詠んだ漢詩2020/10/19
【8】政治家の書 その二 一流書家の見解に納得 2020/10/12
【7】政治家の書 その一 持つ手が震えた「草稿」2020/10/5