骨董漫遊
奇妙な茶碗(ちゃわん)-。それが第一印象だった。
姫路城近くの古美術店でのこと。ショーウインドーの茶碗の表面に3カ所、留め具のような金属が光っている。気になって店主に聞いてみると「茶碗にひびが入ったので、水漏れしないよう鎹(かすがい)を打ったのよ。かなり昔の仕事だな」と返ってきた。
「かすがい?」
「『鎹直し』とか『鎹止め』とか言うんや。『子は鎹』の語源でもある」
鎹とは「コ」の字形で、尖(とが)った先端部が二つある金属製のくぎのことだ。店先の茶碗の鎹は、先端が器の厚みの中に収まっている。「鎹直しした有名な青磁の茶碗、馬蝗絆(ばこうはん)を知らんか? あの重要文化財と同じ直し方や」
馬蝗絆-名前だけは知っていた。室町時代に将軍足利義政が珍重した茶碗である。底にひびが入ったため、代わりのものがほしいと中国の明(みん)に送ったところ、このような名碗はもう存在しないとして、鎹で修理して送り返された。蝗(いなご)が馬に止まったようだ、と馬蝗絆の銘が付いたとされる。そんな話を持ち出されては無性にほしくなる。給料1カ月分を支払った。
後で、購入した茶碗を調べると、400年ほど前に朝鮮半島で焼かれた高麗(こうらい)茶碗の一つと分かった。
さて、7年前のことだ。別の抹茶茶碗が「ピリッ」という音と共に真っ二つに割れてしまった。私はふと、鎹直しの技法を思い出し、挑戦してみる気になった。
まず、割れた茶碗に穴を開けなければと思い、ホームセンターに行って工具のきりを買おうとした。売り場で係員にたずねると、「陶磁器に人力で穴を開けることは無理でしょう」との答え。「電動のルーターを使えば、可能かもしれません」
ルーターとは、歯科医が歯を削ったり穴を開けたりするときに使うあれだ。「なるほど」と思ったが、あまりに高価だ。先に、くぎ売り場で鎹を探すことにする。が、そんなものはどこにもなかった。
自宅に帰り、ネットで検索してみる。鎹直しは中国の明時代には確立されていたとされる修理法で、日本にも職人が存在したという。また、陶磁器の破片をつなぎ合わせて修復する「呼び継ぎ」なる技法があることも知った。
近年、日本では陶磁器などを金粉と漆で修復する金継ぎ技法に関心を示す人が増え、講座が盛んに開かれている。
ならば、鎹直しの技法を伝授してくれる講座や、修理してくれる工房があるかもしれないと思った。
(骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
※電子版の神戸新聞NEXT(ネクスト)の連載「骨董遊遊」(2015~16年)に加筆しました。
2021/5/31【66】骨董市の魅力その二 闘争の象徴、価値は3千円2021/12/27
【65】骨董市の魅力 その一 偽物をつかまされたけれど2021/12/20
【64】美術館をつくる その二 収集品を社会に役立てる2021/12/13
【63】美術館をつくる その一 細見古香庵の存在を知る2021/12/6
【62】埴輪のN子さん その二 京都で運命の出会い 2021/11/29
【61】埴輪のN子さん その一 国宝の“兄弟”を手に入れた2021/11/22
【60】中国の簡牘 その二 真偽の決着はいかに2021/11/15
【59】中国の簡牘 その一 「孫子」研究の新発見か2021/11/8
【58】仏教古美術 その二 残欠から想像する楽しみ2021/11/1
【57】仏教古美術 その一 仏像の手も収集の対象?2021/10/25
【56】鳥取の骨董店 その三 大皿の裏書き、謎を追う2021/10/18
【55】鳥取の骨董店 その二 大皿の横綱は「稲妻雷五郎」2021/10/11
【54】鳥取の骨董店 その一 コピー作品、と思いきや2021/10/4
【53】幻の甲骨文字 その二 自慢の所蔵品、真偽やいかに2021/9/27
【52】幻の甲骨文字 その一 「金の鉱脈」掘り当てたか2021/9/13
【51】徳利の話 その二 油抜きの「最終手段」とは2021/9/6
【50】徳利の話 その一 「1200」ならお買い得!?2021/8/30
【49】中国の鏡 その二 偽物、しかもここ20年ほどの2021/8/23
【48】中国の鏡 その一 体調不良、呪いのせいか2021/8/16
【47】朝鮮の鐘 その二 あれは重文級だったのか2021/8/2
【46】朝鮮の鐘 その一 大金払ったが、数日で後悔2021/7/26
【45】中国の古印 その二 手に入れた「大清帝國之璽」2021/7/19
【44】中国の古印 その一 紙の普及前は泥に押した2021/7/12
【43】四角い茶碗 その二 憧れの名器は2億1千万円2021/7/5
【42】四角い茶碗 その一 固定観念覆す形に魅了2021/6/28
【41】骨董とは? その二 美の本質に筆力で迫る2021/6/21
【40】骨董とは? その一 文豪の「高説」に触れる2021/6/14
【39】鎹(かすがい) その二 愛着の器を直して使う文化2021/6/7
【38】鎹(かすがい) その一 「馬蝗絆(ばこうはん)」の修理法に迫る2021/5/31
【37】「桃山」の謎その二 業界都合!? 期間は2倍に2021/5/24
【36】「桃山」の謎 その一 江戸期以前かと思いきや2021/5/17
【35】富士山 その三 統制陶磁器の存在を知る2021/5/10
【34】富士山 その二 吹墨の絵付けに魅了され2021/4/26
【33】富士山 その一 昔から山の絵と言えば2021/4/19
【32】民衆仏 その三 還暦迎え、募るいとおしさ2021/4/12
【31】民衆仏 その二 「かんちゃん」と命名した2021/4/5
【30】民衆仏 その一 お坊ちゃま顔の観音さま2021/3/29
【29】古代刀 その三 錆びた刀に哀愁を覚える2021/3/22
【28】古代刀 その二 「飲んだら、触るな」を実感2021/3/15
【27】古代刀 その一 鳥取で一目ぼれした脇差2021/3/8
【26】石川啄木の日記 その二 絵を評価した理由とは2021/3/1
【25】石川啄木の日記 その一 「少女の絵」とは、もしや2021/2/22
【24】但馬南鐐銀 その二 貨幣の謎若き僧侶が解明2021/2/15
【23】但馬南鐐銀 その一 もらい損ねた高額銀貨2021/2/8
【22】藤原定家の歌 その二 まねしやすい人気の書風2021/2/1
【21】藤原定家の歌 その一 名前につられて落札2021/1/25
【20】文明開化の皿 その二 最先端の明治、なぜ描けた2021/1/18
【19】文明開化の皿 その一 忘れられない図柄に再会2021/1/4
【18】浜口陽三の版画 その二 ナンバーの謎は残ったが2020/12/28
【17】浜口陽三の版画 その一 別の作品が裏に付いていた2020/12/21
【16】石橋和訓の肖像画 その三 絵をめぐる疑問を推理2020/12/14
【15】石橋和訓の肖像画 その二 別々に買い求めた絵は2020/12/7
【14】石橋和訓の肖像画 その一 100年前の作品親戚に酷似2020/11/30
【13】経筒 その三 千年の夢が、5分で覚めた2020/11/16
【12】経筒 その二 土の中で眠っていたはず2020/11/9
【11】経筒 その一 国宝に似た逸品買い逃す2020/11/2
【10】政治家の書 その四 非業の死が価格に反映2020/10/26
【9】政治家の書 その三 松方正義が詠んだ漢詩2020/10/19
【8】政治家の書 その二 一流書家の見解に納得 2020/10/12
【7】政治家の書 その一 持つ手が震えた「草稿」2020/10/5