骨董漫遊
前回に続いて、神戸・須磨寺の骨董(こっとう)市で買い求めた観音菩薩(ぼさつ)立像の話をお届けする。
その愛嬌(あいきょう)のあるお坊ちゃま顔の観音さまは、想像以上に重かった。古い毛布に巻き、ロープで持ち手を作ってもらったが、須磨寺の階段を下ろして最寄り駅まで運ぶのが、ひと苦労だった。
帰宅後、あらためて測定すると重さ6キロもあった。総高は75センチ(このうち台座が10センチ)で、匂いを嗅ぐと煤(すす)の匂いがした。囲炉裏(いろり)のある部屋に安置されて、家内安全を見守ってきたに違いない。一家だんらんのシンボルだったのだろう。そう思うと、とても幸せな気分になった。私は(お坊っちゃま観音の)「かんちゃん」と命名した。
平凡社の別冊太陽シリーズ「日本骨董大図鑑」(1998年)、「やすらぎの仏教美術」(99年)を読み、「かんちゃん」と同じような雰囲気の観音さまが「民衆仏」と呼ばれていることを知る。「正統な仏教彫刻が衰微し魅力を失った江戸時代民衆の、無垢(むく)な信心の赴くままに造り出された生気あふれる異形な仏たち」。本質を捉えた見事な表現に感じ入った。
「やすらぎの-」に添付されている写真が面白い。素人、いや子どもが作った出来損ないのような不動明王像や文殊菩薩が並んでいる。プロの仏師でない在野の人々が、見よう見まねでこしらえた仏像。前回紹介した円空仏はその最高傑作と言えるだろう。
こうして「かんちゃん」に巡り合った私だったが、当時の関心は8割方が酒器や茶陶器で、仏像に大金を払う気分ではなかった。これが後々、大きな後悔となる。
近年、骨董ファンの減少などで市場の価格は総じて低落傾向だ。二十数年前に夢中で買った陶磁器の食器、酒器の中には、当時の半額以下で販売されている品もある。そんな中で、例外的に値段が高くなったのが古仏像だ。
21世紀に入って、空前の仏像ブームが起きた。ピークとして語り継がれているのが、2009年の「国宝 阿修羅(あしゅら)展」である。東京と福岡で開催され、それぞれ約95万人、約71万人が訪れ、連日“満員御礼”となった。
特に若い女性の間で人気が高まり、「仏像女子(仏女)」なる言葉も生まれた。
ブームの前段として、作家のみうらじゅん、いとうせいこう両氏の共著「見仏記(けんぶつき)」の出版(1993年)とテレビ放映(2001年~)の影響があるのではないか。
みうら氏は、映画「エマニエル夫人」(1974年)で主人公が椅子に座るポーズは、広隆寺の弥勒(みろく)菩薩像にヒントを得たと指摘、既成の鑑賞法にとらわれない独自の感性で仏像への愛を披露した。
この話、次回も続ける。
(骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
2021/4/5【66】骨董市の魅力その二 闘争の象徴、価値は3千円2021/12/27
【65】骨董市の魅力 その一 偽物をつかまされたけれど2021/12/20
【64】美術館をつくる その二 収集品を社会に役立てる2021/12/13
【63】美術館をつくる その一 細見古香庵の存在を知る2021/12/6
【62】埴輪のN子さん その二 京都で運命の出会い 2021/11/29
【61】埴輪のN子さん その一 国宝の“兄弟”を手に入れた2021/11/22
【60】中国の簡牘 その二 真偽の決着はいかに2021/11/15
【59】中国の簡牘 その一 「孫子」研究の新発見か2021/11/8
【58】仏教古美術 その二 残欠から想像する楽しみ2021/11/1
【57】仏教古美術 その一 仏像の手も収集の対象?2021/10/25
【56】鳥取の骨董店 その三 大皿の裏書き、謎を追う2021/10/18
【55】鳥取の骨董店 その二 大皿の横綱は「稲妻雷五郎」2021/10/11
【54】鳥取の骨董店 その一 コピー作品、と思いきや2021/10/4
【53】幻の甲骨文字 その二 自慢の所蔵品、真偽やいかに2021/9/27
【52】幻の甲骨文字 その一 「金の鉱脈」掘り当てたか2021/9/13
【51】徳利の話 その二 油抜きの「最終手段」とは2021/9/6
【50】徳利の話 その一 「1200」ならお買い得!?2021/8/30
【49】中国の鏡 その二 偽物、しかもここ20年ほどの2021/8/23
【48】中国の鏡 その一 体調不良、呪いのせいか2021/8/16
【47】朝鮮の鐘 その二 あれは重文級だったのか2021/8/2
【46】朝鮮の鐘 その一 大金払ったが、数日で後悔2021/7/26
【45】中国の古印 その二 手に入れた「大清帝國之璽」2021/7/19
【44】中国の古印 その一 紙の普及前は泥に押した2021/7/12
【43】四角い茶碗 その二 憧れの名器は2億1千万円2021/7/5
【42】四角い茶碗 その一 固定観念覆す形に魅了2021/6/28
【41】骨董とは? その二 美の本質に筆力で迫る2021/6/21
【40】骨董とは? その一 文豪の「高説」に触れる2021/6/14
【39】鎹(かすがい) その二 愛着の器を直して使う文化2021/6/7
【38】鎹(かすがい) その一 「馬蝗絆(ばこうはん)」の修理法に迫る2021/5/31
【37】「桃山」の謎その二 業界都合!? 期間は2倍に2021/5/24
【36】「桃山」の謎 その一 江戸期以前かと思いきや2021/5/17
【35】富士山 その三 統制陶磁器の存在を知る2021/5/10
【34】富士山 その二 吹墨の絵付けに魅了され2021/4/26
【33】富士山 その一 昔から山の絵と言えば2021/4/19
【32】民衆仏 その三 還暦迎え、募るいとおしさ2021/4/12
【31】民衆仏 その二 「かんちゃん」と命名した2021/4/5
【30】民衆仏 その一 お坊ちゃま顔の観音さま2021/3/29
【29】古代刀 その三 錆びた刀に哀愁を覚える2021/3/22
【28】古代刀 その二 「飲んだら、触るな」を実感2021/3/15
【27】古代刀 その一 鳥取で一目ぼれした脇差2021/3/8
【26】石川啄木の日記 その二 絵を評価した理由とは2021/3/1
【25】石川啄木の日記 その一 「少女の絵」とは、もしや2021/2/22
【24】但馬南鐐銀 その二 貨幣の謎若き僧侶が解明2021/2/15
【23】但馬南鐐銀 その一 もらい損ねた高額銀貨2021/2/8
【22】藤原定家の歌 その二 まねしやすい人気の書風2021/2/1
【21】藤原定家の歌 その一 名前につられて落札2021/1/25
【20】文明開化の皿 その二 最先端の明治、なぜ描けた2021/1/18
【19】文明開化の皿 その一 忘れられない図柄に再会2021/1/4
【18】浜口陽三の版画 その二 ナンバーの謎は残ったが2020/12/28
【17】浜口陽三の版画 その一 別の作品が裏に付いていた2020/12/21
【16】石橋和訓の肖像画 その三 絵をめぐる疑問を推理2020/12/14
【15】石橋和訓の肖像画 その二 別々に買い求めた絵は2020/12/7
【14】石橋和訓の肖像画 その一 100年前の作品親戚に酷似2020/11/30
【13】経筒 その三 千年の夢が、5分で覚めた2020/11/16
【12】経筒 その二 土の中で眠っていたはず2020/11/9
【11】経筒 その一 国宝に似た逸品買い逃す2020/11/2
【10】政治家の書 その四 非業の死が価格に反映2020/10/26
【9】政治家の書 その三 松方正義が詠んだ漢詩2020/10/19
【8】政治家の書 その二 一流書家の見解に納得 2020/10/12
【7】政治家の書 その一 持つ手が震えた「草稿」2020/10/5