骨董漫遊
「刀剣ブーム」が続いている。2015年に始まったオンラインゲーム「刀剣乱舞」がきっかけとされる。日本の名刀を擬人化した「刀剣男子」を集めて育てるシミュレーションゲームだ。
ファンの多くが若い女性とされ、「刀剣女子」なる言葉が生まれた。コロナ禍でも、全国各地の刀剣イベントでは女性の列ができている。
このブームの背景を探ろうと神戸の刀剣店を取材したのは、4年前のことだった。店主に刀を扱う際の心得を聞くと、こう言った。
「酒を飲んだら、絶対に刀に触れてはいけません。災いの元になりますから」
やはり、そうだったのだ。納得すると同時に、初めて日本刀を買ったときの苦い思い出が脳裏を駆け巡る。
約20年前のことだ。当時、私は鳥取との県境に近い但馬地方の支局で記者をしていた。既に「骨董(こっとう)病」に感染して数年がたっていた。これまで連載で書いてきたように、年を追って病状は進みつつあったものの、主な関心はまだ陶磁器類だった。
ところが、である。鳥取の古美術店のショーウインドーで見てしまったのだ。長さ40センチほどの脇差(わきざし)(小刀)を。
赤みがかった紫色の鞘(さや)、トンボをあしらった鍔(つば)、金色の糸を巻き付けた柄巻(つかまき)。その拵(こしらえ)(外装)に一目ぼれしてしまった。刀剣には全く知識はなかったが、まばゆいばかりのありさまに、間違いなく一級の芸術品だと感じた。
迷うことなく店に入り、店主に「その刀を見せてください」と告げる。「これまで日本刀を買った経験は?」「ありません」。店主はソファに座るよう促し、奥から数振りの大小の刀を出してきて、テーブルの上に並べた。
「まずは刀の抜き方から」。そう言って、やや大仰に鞘から刀を抜いた。「必ず刃は上に向けて抜く」。さらに刀の扱い方、波紋の種類などの「見どころ」と、店主の講義が続いた。
許しを得て実際に刀を手にすると、ずしりと重かった。「脇差以外は、みな1キロ程度はある」という。時代劇でのバッサ、バッサはあり得ないと確信した。
ようやく店主が、私がほれ込んだ脇差の話を始める。柄から目くぎを外し「冬廣(ふゆひろ)」の銘を指さす。「冬廣を名乗った刀匠は各地にいる。これは広島を拠点とした一族の作だろう」。制作年は江戸初期、刀剣の時代区分では「新刀(しんとう)」と呼ばれるという。
店主は言った。「平凡な直刃(すぐは)(直線状の波紋)で、刀自体に特に見どころはない。値段の7割は拵だ。これほどの意匠を凝らしたということは、持ち主によほどの思い入れがあったのではないか」
この話、次回に続く。
(骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
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