骨董漫遊
20年以上昔、骨董(こっとう)に魅せられて間もない頃の話である。
東京の古美術店に、見たことのない大きさの皿があった。上部に描かれた建物に「小学校」の看板。レンガづくりの洋館だ。登校する子どもたちを、日傘や山高帽姿の父母らが見守る。中心に教科書らしき本が配置されていた。
それまでに私が出合った皿は花や風景、鳥や動物、人物といったデザインで、全く趣が違う。「こんな図柄があるのか」と叫びそうになった。
文字通り目が皿のようになっている私に気づいた、店主らしき男性が近づいてきた。「いい皿でしょう。『文明開化もの』の代表的な作品ですな。美術館級です」
“文明開化もの”とは、初めて聞く言葉だった。店主によると、文明開化のシンボル的な鉄道や教育、新聞、洋装の人物などテーマに描いた焼き物を指すそうだ。多くは明治伊万里と呼ばれる有田焼という。ほしいと思ったものの、うん百万円と聞いて断念せざるを得なかった。
ただ、大皿のことを忘れることはなかった。
それから10年ほどたって、今度は京都の骨董祭で、同じ図柄の皿に巡り合った。全く同一のものか、複数枚作られたうちの一枚なのかは分からない。値段は、東京で聞いた額のほぼ10分の1だった。それでも即断できず、会場を5、6周回って悩んだ末にようやく購入を決めた。
自宅で直径を測ると62センチもあった。有田焼でも最大級の大きさだ。描かれた3冊の教科書らしき本の表紙には、「師範校編 小学入門」「西村兼文著 開化の本」「萩(正しくは荻)田長三著 童蒙 筆づかひ」と書かれている。
あらためてネットで調べてみると、3冊は明治7(1874)年までに発行された実在の本だった。政府の学制発布によって、明治8年までに全国で2万4千余の小学校が整備された。令和の現在を上回る学校数だ。そのような背景から大皿は、明治10(1877)年ごろには制作されていたのでは、と推定した。
その頃、小学校の開校はいかに晴れがましい出来事だったか。大皿にちりばめられた教科書以外のアドバルーンや蒸気船などの絵からも、文明開化の喜びが伝わってくる。
ただ、描かれた人物は全員洋装で、明治10年ごろに、このような光景が現実のものだったとは思えない。
例えば、私の父の小学校入学式の写真を見ると、昭和7(1932)年に東北地方の田舎で撮影されたものだが、男女とも大半が着物姿だ。舞台が東京としても、少し前まで江戸時代だった頃の制作である。となると…。私は西洋の絵をヒントに、憧れを込めて描いた「近未来」なのでは、と想像した。
(骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
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