骨董漫遊
古美術収集が高じて美術館をつくった細見古香庵(ここうあん)の孫で、細見美術館館長の良行さんの語りを続けたい。
「祖父は長男で私の父、實の古美術を見る目を徹底的に鍛え、気に入らないものを買ったときには、留守のときに勝手に売ったりしたそうです。その反発もあって、父は琳派(りんぱ)、伊藤若冲など江戸絵画の収集に手を染めました」。
近年、江戸絵画の評価が高いが、實さんがそれらの収集を始めたのは昭和40年代のことで、「若冲などは、まだ一般的には無名に近い絵描きだった」という。3代目の良行さんは同志社大卒業後、米国の大学で日本美術を学んだ。帰国後は東京で美術商を営み、現代美術や和骨董(こっとう)を扱った経験がある。
古香庵は78歳で亡くなった。病床で家族に「収集品を社会に役立ててくれ」と、遺言したそうだ。その死から約20年後の1998年、細見家3代が収集した品々を展示する細見美術館は開館した。
縄文時代から日本の美術工芸のほとんどすべてを網羅し、重要文化財、重要美術品を含む千点以上を収蔵する。また、琳派作品の企画展を地道に続けた結果、「琳派美術館」と呼ばれることもある。良行さんは「3代それぞれが、自分の目を信じ収集を続けてきた」と話す。
◇
古香庵と同様、関西各地には美術館を残すほどの収集熱を持った男たちがいた。
藤田美術館の藤田伝三郎、白鶴美術館の嘉納治兵衛、香雪(こうせつ)美術館の村山龍平らが有名だ。藤田は明治時代の大阪財界の巨頭。嘉納は酒造業嘉納家の入り婿。村山は朝日新聞の創業者。
この3人と比べると、古香庵の知名度は低い。だが、但馬の寒村出身の少年が会社を発展させながら骨董の収集と研究に打ち込んだ「刻苦勉励」に、シンパシーを感じる骨董愛好家は多いはずだ。
2021年秋、細見美術館で開かれた生誕120年記念「美の境地」展に足を運んだ。「世界最高の美術品は日本の藤原時代の仏画」という信念で集めた「愛染明王像」(重要文化財)などが並び、古香庵の優れた美意識を堪能することができた。
故郷、新温泉町の玉田禅寺には、彼が寄進した宝篋印塔(ほうきょういんとう)が残る。正和3(1314)年の刻銘があり、県内最古級の宝篋印塔として、兵庫県の指定文化財になっている。彼が大阪府内で見つけた収集品の一つだ。
人間国宝の創作に影響を与え、故郷に収集品の文化財を寄贈する。憧れの人である。
(骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
※電子版の神戸新聞NEXT(ネクスト)の連載「骨董遊遊」(2015~16年)に加筆しました。
2021/12/13【66】骨董市の魅力その二 闘争の象徴、価値は3千円2021/12/27
【65】骨董市の魅力 その一 偽物をつかまされたけれど2021/12/20
【64】美術館をつくる その二 収集品を社会に役立てる2021/12/13
【63】美術館をつくる その一 細見古香庵の存在を知る2021/12/6
【62】埴輪のN子さん その二 京都で運命の出会い 2021/11/29
【61】埴輪のN子さん その一 国宝の“兄弟”を手に入れた2021/11/22
【60】中国の簡牘 その二 真偽の決着はいかに2021/11/15
【59】中国の簡牘 その一 「孫子」研究の新発見か2021/11/8
【58】仏教古美術 その二 残欠から想像する楽しみ2021/11/1
【57】仏教古美術 その一 仏像の手も収集の対象?2021/10/25
【56】鳥取の骨董店 その三 大皿の裏書き、謎を追う2021/10/18
【55】鳥取の骨董店 その二 大皿の横綱は「稲妻雷五郎」2021/10/11
【54】鳥取の骨董店 その一 コピー作品、と思いきや2021/10/4
【53】幻の甲骨文字 その二 自慢の所蔵品、真偽やいかに2021/9/27
【52】幻の甲骨文字 その一 「金の鉱脈」掘り当てたか2021/9/13
【51】徳利の話 その二 油抜きの「最終手段」とは2021/9/6
【50】徳利の話 その一 「1200」ならお買い得!?2021/8/30
【49】中国の鏡 その二 偽物、しかもここ20年ほどの2021/8/23
【48】中国の鏡 その一 体調不良、呪いのせいか2021/8/16
【47】朝鮮の鐘 その二 あれは重文級だったのか2021/8/2
【46】朝鮮の鐘 その一 大金払ったが、数日で後悔2021/7/26
【45】中国の古印 その二 手に入れた「大清帝國之璽」2021/7/19
【44】中国の古印 その一 紙の普及前は泥に押した2021/7/12
【43】四角い茶碗 その二 憧れの名器は2億1千万円2021/7/5
【42】四角い茶碗 その一 固定観念覆す形に魅了2021/6/28
【41】骨董とは? その二 美の本質に筆力で迫る2021/6/21
【40】骨董とは? その一 文豪の「高説」に触れる2021/6/14
【39】鎹(かすがい) その二 愛着の器を直して使う文化2021/6/7
【38】鎹(かすがい) その一 「馬蝗絆(ばこうはん)」の修理法に迫る2021/5/31
【37】「桃山」の謎その二 業界都合!? 期間は2倍に2021/5/24
【36】「桃山」の謎 その一 江戸期以前かと思いきや2021/5/17
【35】富士山 その三 統制陶磁器の存在を知る2021/5/10
【34】富士山 その二 吹墨の絵付けに魅了され2021/4/26
【33】富士山 その一 昔から山の絵と言えば2021/4/19
【32】民衆仏 その三 還暦迎え、募るいとおしさ2021/4/12
【31】民衆仏 その二 「かんちゃん」と命名した2021/4/5
【30】民衆仏 その一 お坊ちゃま顔の観音さま2021/3/29
【29】古代刀 その三 錆びた刀に哀愁を覚える2021/3/22
【28】古代刀 その二 「飲んだら、触るな」を実感2021/3/15
【27】古代刀 その一 鳥取で一目ぼれした脇差2021/3/8
【26】石川啄木の日記 その二 絵を評価した理由とは2021/3/1
【25】石川啄木の日記 その一 「少女の絵」とは、もしや2021/2/22
【24】但馬南鐐銀 その二 貨幣の謎若き僧侶が解明2021/2/15
【23】但馬南鐐銀 その一 もらい損ねた高額銀貨2021/2/8
【22】藤原定家の歌 その二 まねしやすい人気の書風2021/2/1
【21】藤原定家の歌 その一 名前につられて落札2021/1/25
【20】文明開化の皿 その二 最先端の明治、なぜ描けた2021/1/18
【19】文明開化の皿 その一 忘れられない図柄に再会2021/1/4
【18】浜口陽三の版画 その二 ナンバーの謎は残ったが2020/12/28
【17】浜口陽三の版画 その一 別の作品が裏に付いていた2020/12/21
【16】石橋和訓の肖像画 その三 絵をめぐる疑問を推理2020/12/14
【15】石橋和訓の肖像画 その二 別々に買い求めた絵は2020/12/7
【14】石橋和訓の肖像画 その一 100年前の作品親戚に酷似2020/11/30
【13】経筒 その三 千年の夢が、5分で覚めた2020/11/16
【12】経筒 その二 土の中で眠っていたはず2020/11/9
【11】経筒 その一 国宝に似た逸品買い逃す2020/11/2
【10】政治家の書 その四 非業の死が価格に反映2020/10/26
【9】政治家の書 その三 松方正義が詠んだ漢詩2020/10/19
【8】政治家の書 その二 一流書家の見解に納得 2020/10/12
【7】政治家の書 その一 持つ手が震えた「草稿」2020/10/5