骨董漫遊
骨董(こっとう)店主らが「桃山くらい」という時代は、いったいいつまでなのか?
「元和(げんな)から寛永に入るころまで」と言われて、私は混乱した。元和の最後の年は1624年。徳川3代将軍、家光の時代だ。何人かの骨董店主に聞いてみたが、ほぼ同意見だった。どうやら骨董の世界には、日本史とは異なる独自の歴史の流れがあるようだ。
備前焼を例に挙げて考えてみたい。一般的に江戸末期までの作を「古備前」と呼ぶ。だが、「古備前とは、桃山時代まで」と主張する愛好家もいる。この「桃山時代」について、古備前鑑定の第一人者、吉村佳峰(かほう)氏の「古備前大事典」(古備人出版)をひもとくと「元和年間も含めます」となっていた。
続いて、こんな注釈が記されていた。「仮に寛永年間の年銘が入っていても、(作風が)桃山と違わぬものは桃山時代とする」
これを「備前焼の陶芸史」として理解すれば、政治史である日本史年表の表記とずれがあっても、何の問題もない。ただ、骨董買いの立場から言わせてもらえば、業界の「安土桃山時代」が年表の倍以上の長さがあることに、何か解せぬものを感じるのだ。
そもそも日本史年表の「安土と桃山」の組み合わせは、どこからきているのだろう。
「桃山」という地名は、豊臣秀吉の居城だった伏見城を取り壊し、跡地に桃の木を植えたところ、名所となったことに由来する。地名が定着し始めるのは、安土桃山時代から約200年後の江戸時代、安永年間といわれる。
つまり織田信長の安土城と対にするなら「安土伏見時代」とでもすべきなのだ。なぜ伏見でなく、桃山になったのか? いろいろ文献を当たってみたが、合点のいく答えは見つからなかった。勝手に推察すれば、「ももやま」という柔らかい言葉の響きや華やいだイメージが、後世の学者に好まれたのかもしれない。
ここで骨董の話に戻る。日本史年表より「桃山」の期間が長いことで得をするのは誰か、と考える。
それは売り手、つまり骨董店主である。江戸時代に作られたものでも「桃山風」でさえあれば、正々堂々「桃山くらい」と言えるのだ。取材に応じてくれたある店主に、こう聞いてみた。
「古い抹茶茶(ちゃ)碗(わん)の鑑定を頼まれ、これは桃山ですか? 江戸ですか? と問われたら、何を基準に判断するのですか?」
すぐに答えが返ってきた。「勘です。長年の勘ですよ」
そんな骨董界の常識を、ファンはどこまで承知しているのだろうか。
(骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
※電子版の神戸新聞NEXT(ネクスト)の連載「骨董遊遊」(2015~16年)に加筆しました。
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