骨董漫遊
20年ほど前のことだ。
偶然入った京都の古美術店で、店主が「本物の円空」という一体の仏像を見た。剣を手にした不動明王坐像(ざぞう)で、店主によると「円空仏は高さ1センチで10万円が相場。表情がよければ、グーンと値が上がる。これは高さが約30センチだから300万円」という。
円空(1632~95年)は、生涯に約12万体の木彫りの神仏像を彫ったとされる、江戸前期の出家僧である。作品は「円空仏」と呼ばれ、微笑を浮かべた穏やかな表情で知られる。ほかにも憤怒や、おどけた顔など、さまざまな感情を一木に刻んだ。
昭和30年代に起きた「円空ブーム」で、その名は広がった。生地とされる岐阜のほか、北海道から関西にかけて5千を超える作品が残る。現在も信仰の対象として安置する社寺は多い。
円空仏については、私も若干の知識があり、“円空仏もどき”が骨董(こっとう)市場に多数流通していると認識していた。そして、真贋(しんがん)の鑑定が難しいことも。「本物の根拠は?」と店主に尋ねると、「長年の勘」だという。そして円空仏を特集した雑誌の写真との共通点を示しながら、「本物」であることを強調した。
確かに、雰囲気はあった。もちろん購入など考えていなかったが、やはり真贋の見極めはつかなかった。
それから1カ月後、神戸は須磨寺で月1回、開かれていた骨董市に出掛けた。境内を巡っていると、古伊万里(こいまり)の食器類や刀剣、金銅製の置物、古布など雑多な品々が並ぶ一角で、黒い仏像に出合った。
立ち上がって笑っているように見える。顔は少し漫画チックで、うんこを載せたような髪形。ちょっとかわいらしい観音菩薩(ぼさつ)立像だった。
「円空仏のコピーですか?」。店主に声を掛けると、考え込むようなしぐさをした。
「いや、円空仏でもコピーでもなさそうやな。なんとなくオリジナリティーが感じられる。高さが75センチもあるから、これが本物なら750万円。いや、1千万円以上するかもしれん」。この店主も「1センチで10万円」の認識だった。
円空仏もどきの一種と思われたが、京都で見た不動明王坐像と違って、その場を去りがたく感じる魅力があった。
じっと見ているうちに、昔話に出てくる「正直者の主人公」は、こんな顔だったのではと思えてきた。「見仏記(けんぶつき)」(1992年初出)の筆者の一人で独自の感性で仏像を語る、みうらじゅん氏も賛同してくださるのではないか。
ぽっちゃりとしていて、見れば見るほど愛嬌(あいきょう)のあるお坊ちゃま顔。耳も長く、とにかくかわいいのだ。
値段を聞くと「3万5千円」。よし、と財布を出した。
(骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
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