骨董漫遊
そば猪口(ちょこ)の傷口から感染した私の“骨董(こっとう)病”は、数年の内に抹茶茶碗(ちゃわん)収集に及んだ。骨董市や骨董店に行くと茶碗にばかり目がいく。特に古備前、古丹波といった「枯れた風情」の碗に、である。
学生時代に一時期、茶道部に在籍したことがあった。稽古の中で茶碗の見方を学んだはずだが、「良い茶碗とは何か」と自問しても何一つ思い浮かばない。反省し、茶碗に関する本をむさぼり読む。
茶人の間に抹茶茶碗の格付けがあり、「一楽(らく)、二萩(はぎ)、三唐津」、または「一井戸、二楽、三唐津」などと言われていることを知る。楽とは、楽家(京都市)代々の当主らが作った楽焼のもので、萩は萩焼(山口県)、唐津は唐津焼(佐賀、長崎県)を指す。井戸は李(り)朝時代に作られた高麗(こうらい)茶碗の一種だ。格付けは器としての風情はもちろん、茶の立てやすさなど総合評価の高さを示しているのだろう。
その頃、ある雑誌で不思議な黒楽茶碗の写真を見つけ、目を奪われた。上部が四角形、下部は円形。抹茶茶碗といえば、誰でもお椀(わん)のような丸いものを思い浮かべるだろう。それが真上から見れば四角。私の固定観念を一蹴する形状なのだ。「いったい誰が、何のために」。適度に枯れた風合いと、屹立(きつりつ)する単独峰のような力強さが私の心を揺さぶり始める。
ほしい…。
この黒楽茶碗は、楽家初代の長次郎が桃山時代に作ったもので後年、表千家六代家元・覚々斎(かくかくさい)が「ムキ栗」と銘を付けたという。命名の由来は謎だ。写真の説明書きに「個人蔵」とあるのを見て、また驚いた。値段は、ウン千万円といったところか…。それにしても誰が持っているのだろうか。うらやましい。
「あぁ、四角い茶碗で茶を飲んでみたい」。以来、私は骨董市や骨董店をのぞくたび、「ムキ栗」と同種のものを探した。
探し始めて10年、偶然立ち寄った神戸市内のフリーマーケットで、ついに見つけたのだ。それも、ひと山500円の食器類に交じって…? 購入して持ち帰り、泥まみれの茶碗を洗ってみると、なんと高台横に「楽」の印が見える。
「もしかしたら、楽家の誰かの作か?」
楽家代々当主の作品の写真と印と見比べて見たものの、よく分からない。私が買った「ムキ栗」は何となく、茶碗としての“年季”と力強さに欠けるようにも思える。
数日後、骨董仲間から「京都の楽美術館に持参すれば鑑定してもらえる」と聞いた。胸が躍った。
(骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
※電子版の神戸新聞NEXT(ネクスト)の連載「骨董遊遊」(2015~16年)に加筆しました。
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