骨董漫遊
「政治家の書」をめぐる話の最終回である。
今回は、滋賀県在住の書家、松宮貴之さん(48)が挙げた「近代日本の三筆」の一人で、五・一五事件で暗殺された元首相、犬養毅(号は木堂(ぼくどう)など、1855~1932年)の書について記す。
20年ほど前のことだ。岡山県津山市で古美術店をのぞくと、「木堂」の号が入った書があった。見入っていると、高齢の女性店主が「この『天真爛漫(らんまん)』、良い字でしょう」と話しかけてきた。
値段を聞くと「2千円」という。書の価値についての知識はなかったが、ちょっと安すぎるのではと思った。
店主によると、犬養は生前、地元岡山県の後援者たちに数多くの書を贈っており、一時期選挙区だった、ここ津山の旧家でも、よく見つかるのだそうだ。だから、安いのだろうか。
加えて「ああいう死に方をしましたので、今の人にはあまり…」とぽつり。
知人の岡山県人は皆、政治家としての犬養を誇りに思い、書家としても高く評価する。が、非業の死を遂げたため、彼の書を家に飾ることにためらう人がいるらしい。
「そういうものですか」。店主に尋ねると「基本、書は『縁起物』の一つですから」との答えが返ってきた。
骨董(こっとう)の世界では、どんなアイテムでも、縁やゆかりがある地元の評価が一番高いのが常識、と理解していた。ところが、犬養の書は津山で不当に低い評価を受けていた。
この当時、地元にはまだ、犬養の書から「悲劇のにおい」をかぎ取る古老らが、存在していたのかもしれない。店主の話を聞いて、柄にもなく義憤に駆られてしまった私は、即座に買い取った。
◇
この春、書家の松宮さんとやりとりした際、津山で買った犬養の「天真爛漫」も見てもらった。すると、「漢学の造詣の深さがにじむ良い字。うまくて、深み、こくがある」と絶賛された。そもそも「天真爛漫」とは、中国で絵の出来栄えを称賛する表現だった、とも教えられる。
犬養と同じく、暗殺された坂本龍馬の書は今やファンの垂ぜんの的だ。犬養の書も、時がたてば新たな評価を得るはずだ、と思う。
最後に松方正義、犬養毅とともに、松宮さんが「近代日本の三筆」に挙げる明治の政治家、副島種臣(そえじまたねおみ)(号は蒼海(そうかい)など、1828~1905年)について触れたい。
この人の書は常識外のすごさだと聞く。「空海を超える書の巨人」の呼び名が残るほどだ。「ミロの抽象画のよう」と評される書があるそうだが、どんなものか、全く想像がつかない。
いつか、彼の書を入手し、じっくり眺めてみたい。
(骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
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