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骨董漫遊

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かつて著者が所有した朝鮮鐘。文化財指定の可能性もあったと思われるが、現在の行方は分からない
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かつて著者が所有した朝鮮鐘。文化財指定の可能性もあったと思われるが、現在の行方は分からない

 朝鮮鐘(ちょうせんしょう)の話を続ける。

 骨董(こっとう)祭で買った鐘の置き場に困った私は、知人の骨董店主に相談することにした。「鐘の写真を見せてくれ」と言うので送ると、店主から朝鮮の徳利(とっくり)3本の写真が送られてきた。

 「3本で鐘相当の価格になる。交換しないか」という提案である。中に、長年ほしかった李(り)朝期の「三島手(みしまで)」が交じっていたため、喜んで交換することにした。

 それから数年たって、福岡県の九州国立博物館を訪問する機会があった。館内を巡っていると、私が手放した朝鮮鐘とよく似た鐘が目に入ってきた。あの鐘が巡り巡って、ここに? まさか、と思いつつも頭の中が混乱した。嫌な予感がした。

 説明文を読むと、「旧飫肥(おび)藩(宮崎県)伊東家伝来。総高44センチ、口径27センチ。朝鮮・高麗(こうらい)時代の承安6(1201)年製造」とあった。国の重要文化財だった。

 確かに、記憶に残る私の旧蔵品によく似ている。別物かもしれないが、この鐘が国の重文となって国立博物館に展示されるのなら、あの朝鮮鐘も同様の価値があったのではないか。昔話の「舌切り雀(すずめ)」に登場する、欲深いおばあさんの心境になっていた。

 旅の予定を変更して急いで帰宅すると、旧蔵品の写真を探した。早速、福岡から持ち帰った博物館のパンフレットと見比べてみる。

 鐘の表面に浮き彫りになった飛天や、乳(ち)(規則正しく配列された突起物)、鐘をならす撞木(しゅもく)を受ける撞座(つきざ)の位置や形など、類似点は多い。

 そして、手元の旧蔵品の写真をめくったときだった。かつて私が記したメモ書きを見つけ、あぜんとした。「高さ45センチ、直径27センチ…」。博物館の重文とほぼ同じ大きさだった。

 1番違いでハズレた宝くじの番号を見る思いだった。

 宝くじなら、番号違いでもそれなりの当せん金は受け取れる!

 急いで、朝鮮鐘について調べてみる。日本には四十数個しか存在せず、九州国立博物館以外にも国宝や重文指定のものがあった。私の旧蔵の鐘には製造年の記載はなかった。しかし、大きさや見栄えなど特に劣る点はないようだ。あれが文化財指定される可能性もあったのではないか…。

 鐘と交換で手に入れた三島手の徳利で、やけ酒を飲むしかなかった。

 後日、九州国立博物館の鐘は、東京の有名古美術店から1億円で購入したことが分かった。私が交換した鐘はその後、どうなったのだろう。今となっては、骨董店主に尋ねる気力もない。

 ただ、手元に残った朝鮮の徳利で飲むたびに、どこからか、わびしい鐘の音が聞こえてくる。

 (骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事)

※電子版の神戸新聞NEXT(ネクスト)の連載「骨董遊遊」(2015~16年)に加筆しました。

2021/8/2
 

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