骨董漫遊
仏教古美術の話を続ける。私は、仏像本体から何らかの理由で取れた手や指までが「仏手(ぶっしゅ)」として、収集の対象となっていることに驚いた。
しかも、京都の骨董(こっとう)祭で出会った仏教古美術専門店の店主の説明では「たぶん、人さし指」という指一本が8万円。それが「安い」というのだ。私の頭は完全に混乱した。
店主が言う「けまん」「けこ」「けい」「ざんけつ」といった言葉の意味が分からない。当然のことながら、これらを買い集めるコレクターの心理も理解できない。
自宅で調べると「けまん(華鬘)」は「仏像を安置する建物内を飾る荘厳具の一つ。元々は生花でつくられた花輪で仏事に用いられるようになった。金銅製、木製などがある」と記されていた。
「けこ(華籠)」は仏具の一つで、法要の際にまく花を盛る器。「けい(磬)」は、読経の合図に打ち鳴らす鋳銅製の“板”だった。
「ざんけつ(残欠)」は「書物などの一部分が欠けて不完全なこと」とあった。
後日、別のイベントでその店主に再会した私は、熱い講義を受けることとなった。
「残欠の状態から、存在しない部分を思い浮かべるんです。仏手が人間の手ほどの大きさなら、仏像本体も人間ぐらいの大きさです。お顔を想像してみてください。これが仏教古美術の楽しみ方です。ほぼ完璧というものは、寺か博物館にしかないのです」
しかし、壊れた仏像の一部とはいえ仏手も、そして磬なども、元はといえば寺の備品だったはずだ。それがなぜ市場に出回るのか。
「明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)や、廃寺になった寺の備品だったものが大半です。私も後継ぎがなく荒れ放題の寺から仏像、仏具一式すべてを買い取ったこともあります」
そして、声を潜めてこう付け加えた。「中には、有名寺院から流出したとしか考えられない品もあります。寺の経営が苦しいときに下げ渡したのか、手癖の悪い坊さんがいたのか、泥棒に入られたのか。仏様に聞いてもらうしかありません」
「そんなものを買うと、仏罰が当たりそうです」。私はそう言いながら、これまでに買い集めた仏像や仏具の出どころが気になり始めた。
「まぁ、お寺のおこぼれを売り買いしていても、仏様に感謝の心を持てば罰が当たることはありません。その証拠に、こうして私は元気に商売しております。それより、先日の仏手、まだありますよ。お買いになりませんか。30万円におまけしますよ」
(骨董愛好家 神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
※電子版の神戸新聞NEXT(ネクスト)の連載「骨董遊遊」(2015~16年)に加筆しました。
2021/11/1【66】骨董市の魅力その二 闘争の象徴、価値は3千円2021/12/27
【65】骨董市の魅力 その一 偽物をつかまされたけれど2021/12/20
【64】美術館をつくる その二 収集品を社会に役立てる2021/12/13
【63】美術館をつくる その一 細見古香庵の存在を知る2021/12/6
【62】埴輪のN子さん その二 京都で運命の出会い 2021/11/29
【61】埴輪のN子さん その一 国宝の“兄弟”を手に入れた2021/11/22
【60】中国の簡牘 その二 真偽の決着はいかに2021/11/15
【59】中国の簡牘 その一 「孫子」研究の新発見か2021/11/8
【58】仏教古美術 その二 残欠から想像する楽しみ2021/11/1
【57】仏教古美術 その一 仏像の手も収集の対象?2021/10/25
【56】鳥取の骨董店 その三 大皿の裏書き、謎を追う2021/10/18
【55】鳥取の骨董店 その二 大皿の横綱は「稲妻雷五郎」2021/10/11
【54】鳥取の骨董店 その一 コピー作品、と思いきや2021/10/4
【53】幻の甲骨文字 その二 自慢の所蔵品、真偽やいかに2021/9/27
【52】幻の甲骨文字 その一 「金の鉱脈」掘り当てたか2021/9/13
【51】徳利の話 その二 油抜きの「最終手段」とは2021/9/6
【50】徳利の話 その一 「1200」ならお買い得!?2021/8/30
【49】中国の鏡 その二 偽物、しかもここ20年ほどの2021/8/23
【48】中国の鏡 その一 体調不良、呪いのせいか2021/8/16
【47】朝鮮の鐘 その二 あれは重文級だったのか2021/8/2
【46】朝鮮の鐘 その一 大金払ったが、数日で後悔2021/7/26
【45】中国の古印 その二 手に入れた「大清帝國之璽」2021/7/19
【44】中国の古印 その一 紙の普及前は泥に押した2021/7/12
【43】四角い茶碗 その二 憧れの名器は2億1千万円2021/7/5
【42】四角い茶碗 その一 固定観念覆す形に魅了2021/6/28
【41】骨董とは? その二 美の本質に筆力で迫る2021/6/21
【40】骨董とは? その一 文豪の「高説」に触れる2021/6/14
【39】鎹(かすがい) その二 愛着の器を直して使う文化2021/6/7
【38】鎹(かすがい) その一 「馬蝗絆(ばこうはん)」の修理法に迫る2021/5/31
【37】「桃山」の謎その二 業界都合!? 期間は2倍に2021/5/24
【36】「桃山」の謎 その一 江戸期以前かと思いきや2021/5/17
【35】富士山 その三 統制陶磁器の存在を知る2021/5/10
【34】富士山 その二 吹墨の絵付けに魅了され2021/4/26
【33】富士山 その一 昔から山の絵と言えば2021/4/19
【32】民衆仏 その三 還暦迎え、募るいとおしさ2021/4/12
【31】民衆仏 その二 「かんちゃん」と命名した2021/4/5
【30】民衆仏 その一 お坊ちゃま顔の観音さま2021/3/29
【29】古代刀 その三 錆びた刀に哀愁を覚える2021/3/22
【28】古代刀 その二 「飲んだら、触るな」を実感2021/3/15
【27】古代刀 その一 鳥取で一目ぼれした脇差2021/3/8
【26】石川啄木の日記 その二 絵を評価した理由とは2021/3/1
【25】石川啄木の日記 その一 「少女の絵」とは、もしや2021/2/22
【24】但馬南鐐銀 その二 貨幣の謎若き僧侶が解明2021/2/15
【23】但馬南鐐銀 その一 もらい損ねた高額銀貨2021/2/8
【22】藤原定家の歌 その二 まねしやすい人気の書風2021/2/1
【21】藤原定家の歌 その一 名前につられて落札2021/1/25
【20】文明開化の皿 その二 最先端の明治、なぜ描けた2021/1/18
【19】文明開化の皿 その一 忘れられない図柄に再会2021/1/4
【18】浜口陽三の版画 その二 ナンバーの謎は残ったが2020/12/28
【17】浜口陽三の版画 その一 別の作品が裏に付いていた2020/12/21
【16】石橋和訓の肖像画 その三 絵をめぐる疑問を推理2020/12/14
【15】石橋和訓の肖像画 その二 別々に買い求めた絵は2020/12/7
【14】石橋和訓の肖像画 その一 100年前の作品親戚に酷似2020/11/30
【13】経筒 その三 千年の夢が、5分で覚めた2020/11/16
【12】経筒 その二 土の中で眠っていたはず2020/11/9
【11】経筒 その一 国宝に似た逸品買い逃す2020/11/2
【10】政治家の書 その四 非業の死が価格に反映2020/10/26
【9】政治家の書 その三 松方正義が詠んだ漢詩2020/10/19
【8】政治家の書 その二 一流書家の見解に納得 2020/10/12
【7】政治家の書 その一 持つ手が震えた「草稿」2020/10/5