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骨董漫遊

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初代歌川国貞の浮世絵「横綱土俵入り」を基に描かれた稲妻雷五郎の古伊万里大皿
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初代歌川国貞の浮世絵「横綱土俵入り」を基に描かれた稲妻雷五郎の古伊万里大皿

 前回に続き、鳥取の骨董(こっとう)店の思い出話をしたい。

 ある日、店に入ると店主のAさんが、珍しく興奮した顔で話し掛けてきた。「すごい皿が入りました。ヨコヅナの皿ですよ」

 「ヨコヅナの皿?」。一瞬その意味が分からず、横綱級に「大きい」皿を仕入れたのだと理解した。ところが案内された場所にあったのは、まさしく横綱が描かれた大皿だった。四角の木箱の中に、すっぽり収まっていた。

 「古伊万里です。直径は54センチ、重さは4・8キロもあります。いい皿でしょう。こんな皿なかなか出てきませんよ」

 どうやら、私のために取り置いてくれたようだった。横綱らしい力士が太刀持ちと露払いを従え、土俵入りする図柄の皿と理解した。「横綱の名前が分かると、もっと値打ちが出るでしょうけどね」とAさん。露天の骨董市などでは見たことのない、美術館級の品のように思われた。

 3力士の筋骨隆々とした肉体。横綱土俵入りの緊張感が漂う厳粛な表情。染め付けの青を巧みに生かして表現した化粧まわしや土俵。相撲好きにはたまらない逸品だ。買い損ねたら永久に出合えないだろう。ただ、安くはなかった。翌週、定期預金を解約して入手した。

 当時の仕事場兼自宅だった但馬地方の支局に持ち帰る。あいにく大皿用の皿立てはなかったので、木箱のふたを取って部屋の隅に置いた。

 それにしても、この横綱は誰なのだろうか。分かったのは神戸に異動になってから。雑誌の別冊太陽「骨董をたのしむ 絵皿文様づくし」が謎を解き明かしてくれた。

 皿の原画となる浮世絵「横綱土俵入り」が存在していたのだ。作者は幕末に活躍した初代歌川国貞。「原典をたどることができる貴重な陶画史の資料でもある」と記されていた。横綱の名は「稲妻雷五郎」(1802~77年)。掲載されていた浮世絵を見ると、露払いは「黒雲」、太刀持ち「朝風」と読めた。

 稲妻は現在の茨城県出身で、文政12(1829)年、第7代の横綱となる。当時の川柳に「稲妻はもう雷電になる下地」と詠まれ、最強の力士と言われた雷電為右衛門と比較されるほどの人気、実力を兼ね備えていた。

 骨董市で大皿用の皿立てを買って、皿を木箱から取り出した。何げなく裏返すと、無釉(むゆう)の高台内(中央部分)に5行の筆文字が読める。文字入れを予定して焼成したに違いない。初めて見る様式だった。これは歴史的発見ではないのか? この話、次回に続く。

 (骨董愛好家 神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)

※電子版の神戸新聞NEXT(ネクスト)の連載「骨董遊遊」(2015~16年)に加筆しました。

2021/10/11
 

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