骨董漫遊
骨董(こっとう)愛好家も、いずれは愛着ある収集品と別れるときがくる。私が知る限り、本人亡き後は、たいてい家族によって「二束三文」で処分される。収集品を散逸させず、後世に残す方法はないものか。
美術館をつくるという方法がある。没後とはいえ、生前の収集品が基になって美術館を誕生させた細見古香庵(ここうあん)こと、細見良(1901~79年)の話をしたい。京都市左京区にその名を冠した「細見美術館」がある。
細見は美方郡大庭村栃谷(現新温泉町栃谷)で生まれた。大庭尋常小(現浜坂南小)を卒業するころ、父親が事業に失敗。13歳で大阪に出て奉公、その後、毛織物業界に入った。商才を発揮し、24歳で独立する。毛布の販売を手掛け、30年には毛織物製造の会社を設立し、社長に。このころから古美術収集を始めたと伝えられる。
彼が好んで集めたのは仏教古美術、茶の湯釜、根来塗の漆器などだった。特に仏を線で刻んだ鏡像や銅板に仏像を貼り付けた「懸仏(かけぼとけ)」など、金工品の仏教美術と茶の湯釜については、専門の学者を上回る鑑識眼を持っていたとされる。
茶の湯釜に関しては、62年の「茶の湯釜入門」を手始めに、数冊の茶の湯釜に関する本を出版している。特に芦屋釜(江戸初期まで現在の福岡県芦屋町で製造)の収集と研究に情熱を傾け、鉄の芸術品であることをアピール。「芦屋釜を再発見した数寄者」とも称される。古香庵と交流があった茶の湯釜師の人間国宝、角谷一圭(1904~99年)は、彼に影響を受けて芦屋釜の形、地紋、鉄味を研究。その成果を生かし、格調高い作品を制作した。
66年には鎌倉、室町時代などの根来塗の名品を紹介した「根来の美」を出版。序文を読むと、昭和20年代に「世人が無関心」だった根来塗をテーマに講演をしていることが分かる。
古香庵は長男の實さん(1922~2006年)に仕事を辞めさせ、自分が収集した古美術品の勉強を命じた。孫で、同美術館館長の良行さん(67)を取材したのは2016年の春のこと。彼は言った。「茶釜も根来も、文献など出回っていない時代に、どこでどう調べて本にしたのか、孫ながら感心します」
◇
私は、明治以降の日本を代表する古美術愛好者を紹介した「101人の古美術」(別冊太陽、1998年)で、古香庵の名前を知った。その後、細見の生誕地の支局に勤務。彼への関心は次第に高まっていった。
(骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
※電子版の神戸新聞NEXT(ネクスト)の連載「骨董遊遊」(2015~16年)に加筆しました。
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