骨董漫遊
東京の骨董(こっとう)街で、1200万円もする古備前徳利(とっくり)の存在を知った衝撃は大きかった。神戸に帰り、知り合いの骨董店主にその話をすると、「名品の古備前徳利は恐らく数十本しかない。一方、購入希望者は万単位」と返ってきた。
店主は言う。「私もお客さんに『お茶会の亭主(主催者)になるので、名品の徳利を探してほしい』と頼まれることがあります」
「お茶会?」
「正式な茶会には食事や酒が出ます。お預け徳利と言いますが、徳利も杯も食器も、すべて茶道具なんです」
徳利が茶道具の一つとは初耳だった。学生時代に一時、茶道部に籍を置き茶会に出たことがあるが、学生券で参加したためか、食事をした記憶はない。「茶会は亭主が茶道具を自慢する会合のようなもの。招かれた人は『すばらしい御道具ですね』と褒めるのがルール。だから、1千万円でも買う人がいるのです」
事情は分かったが、あまりに高価すぎる。店主が私の気持ちを察して、いくつか地方の焼き物の産地を挙げ、「雰囲気のあるものが数万円で買えますよ」と教えてくれた。
後日、店主に「遠州七窯の一つで、幕末ごろのもの」と勧められ、買う気になったのは静岡県の志戸呂焼(しとろやき)の徳利だった。茶褐色で高さ15センチほど、値段は3万円だった。
持ち帰って、使う前にお湯を注いでみた。すると、茶色の油のような液体が浮き出した。かつての所有者は油類を入れる容器として使用していたらしい。これでは酒を入れることはできない。その後、何種類もの洗剤や漂白剤を買って漬け込んだり、煮沸したりしてみたものの、効果なし。1カ月以上、試行錯誤した末に断念した。
骨董仲間に相談すると、さもありなんといった表情で「油徳利の再生は古徳利好きの永遠の課題や」と言った。ガラスなどの容器が普及する以前、2合程度までの小徳利は酒ばかりでなく、しょうゆ、酢、油などを入れる器として使われた。それゆえ、今も酒器として使えるもの、特に陶器は数少ないと知る。
「最終手段」と言って、骨董仲間が耳打ちした方法がある。「コンロに餅焼きの網を敷き、水を入れた徳利を載せて火であぶる」
そもそも焼き物なのだから、じか火にかけても破裂することはないだろう。恐る恐るコンロを点火すると、徳利の表面がしみ出た黒い油に覆われた。そして「グサッ」という音とともにひびが入り、熱湯が漏れ出た。「あー」
その後、「オーブンを使った完全な油抜きマニュアルを確立した人がいる」とのうわさを耳にした。伝授していただけるのなら、しかるべき謝礼をお支払いする。
(骨董愛好家 神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
※電子版の神戸新聞NEXT(ネクスト)の連載「骨董遊遊」(2015~16年)に加筆しました。
2021/9/6【66】骨董市の魅力その二 闘争の象徴、価値は3千円2021/12/27
【65】骨董市の魅力 その一 偽物をつかまされたけれど2021/12/20
【64】美術館をつくる その二 収集品を社会に役立てる2021/12/13
【63】美術館をつくる その一 細見古香庵の存在を知る2021/12/6
【62】埴輪のN子さん その二 京都で運命の出会い 2021/11/29
【61】埴輪のN子さん その一 国宝の“兄弟”を手に入れた2021/11/22
【60】中国の簡牘 その二 真偽の決着はいかに2021/11/15
【59】中国の簡牘 その一 「孫子」研究の新発見か2021/11/8
【58】仏教古美術 その二 残欠から想像する楽しみ2021/11/1
【57】仏教古美術 その一 仏像の手も収集の対象?2021/10/25
【56】鳥取の骨董店 その三 大皿の裏書き、謎を追う2021/10/18
【55】鳥取の骨董店 その二 大皿の横綱は「稲妻雷五郎」2021/10/11
【54】鳥取の骨董店 その一 コピー作品、と思いきや2021/10/4
【53】幻の甲骨文字 その二 自慢の所蔵品、真偽やいかに2021/9/27
【52】幻の甲骨文字 その一 「金の鉱脈」掘り当てたか2021/9/13
【51】徳利の話 その二 油抜きの「最終手段」とは2021/9/6
【50】徳利の話 その一 「1200」ならお買い得!?2021/8/30
【49】中国の鏡 その二 偽物、しかもここ20年ほどの2021/8/23
【48】中国の鏡 その一 体調不良、呪いのせいか2021/8/16
【47】朝鮮の鐘 その二 あれは重文級だったのか2021/8/2
【46】朝鮮の鐘 その一 大金払ったが、数日で後悔2021/7/26
【45】中国の古印 その二 手に入れた「大清帝國之璽」2021/7/19
【44】中国の古印 その一 紙の普及前は泥に押した2021/7/12
【43】四角い茶碗 その二 憧れの名器は2億1千万円2021/7/5
【42】四角い茶碗 その一 固定観念覆す形に魅了2021/6/28
【41】骨董とは? その二 美の本質に筆力で迫る2021/6/21
【40】骨董とは? その一 文豪の「高説」に触れる2021/6/14
【39】鎹(かすがい) その二 愛着の器を直して使う文化2021/6/7
【38】鎹(かすがい) その一 「馬蝗絆(ばこうはん)」の修理法に迫る2021/5/31
【37】「桃山」の謎その二 業界都合!? 期間は2倍に2021/5/24
【36】「桃山」の謎 その一 江戸期以前かと思いきや2021/5/17
【35】富士山 その三 統制陶磁器の存在を知る2021/5/10
【34】富士山 その二 吹墨の絵付けに魅了され2021/4/26
【33】富士山 その一 昔から山の絵と言えば2021/4/19
【32】民衆仏 その三 還暦迎え、募るいとおしさ2021/4/12
【31】民衆仏 その二 「かんちゃん」と命名した2021/4/5
【30】民衆仏 その一 お坊ちゃま顔の観音さま2021/3/29
【29】古代刀 その三 錆びた刀に哀愁を覚える2021/3/22
【28】古代刀 その二 「飲んだら、触るな」を実感2021/3/15
【27】古代刀 その一 鳥取で一目ぼれした脇差2021/3/8
【26】石川啄木の日記 その二 絵を評価した理由とは2021/3/1
【25】石川啄木の日記 その一 「少女の絵」とは、もしや2021/2/22
【24】但馬南鐐銀 その二 貨幣の謎若き僧侶が解明2021/2/15
【23】但馬南鐐銀 その一 もらい損ねた高額銀貨2021/2/8
【22】藤原定家の歌 その二 まねしやすい人気の書風2021/2/1
【21】藤原定家の歌 その一 名前につられて落札2021/1/25
【20】文明開化の皿 その二 最先端の明治、なぜ描けた2021/1/18
【19】文明開化の皿 その一 忘れられない図柄に再会2021/1/4
【18】浜口陽三の版画 その二 ナンバーの謎は残ったが2020/12/28
【17】浜口陽三の版画 その一 別の作品が裏に付いていた2020/12/21
【16】石橋和訓の肖像画 その三 絵をめぐる疑問を推理2020/12/14
【15】石橋和訓の肖像画 その二 別々に買い求めた絵は2020/12/7
【14】石橋和訓の肖像画 その一 100年前の作品親戚に酷似2020/11/30
【13】経筒 その三 千年の夢が、5分で覚めた2020/11/16
【12】経筒 その二 土の中で眠っていたはず2020/11/9
【11】経筒 その一 国宝に似た逸品買い逃す2020/11/2
【10】政治家の書 その四 非業の死が価格に反映2020/10/26
【9】政治家の書 その三 松方正義が詠んだ漢詩2020/10/19
【8】政治家の書 その二 一流書家の見解に納得 2020/10/12
【7】政治家の書 その一 持つ手が震えた「草稿」2020/10/5