骨董漫遊
10年ほど前、東京の「平和島骨董(こっとう)まつり」の会場で、本物の埴輪(はにわ)の一部と思われる「首」を見つけた。初めての埴輪との出合いだった。立ち止まって見ていると、女性の店主が声を掛けてきた。
「こんな完璧な首の埴輪、東京でもめったに出ないわ。全身があれば国宝よ。国宝の『挂甲(けいこう)武人』の兄弟らしいわ。『大魔神』のモデルになった、あれよ」
「大魔神?」
「昔、映画見なかった? 青山良彦が出てる、ほら…」
映画「大魔神」(大映)は私が小学3年の時に上映され、故郷の映画館で見たはず。そういえばあの時、私と同じ「良彦」という名の俳優の存在を知ったのだった。
店主は続けた。「良彦、りりしくてさわやかな村の青年を演じたの。私、一目ぼれしたわ」。そして「良彦、良彦」と計5回、その名を口にして、ほめ続けた。私としては「それ、おいくらですか?」と言わざるを得なかった。
神戸に戻って埴輪について調べてみる。豪族などが亡くなった際に古墳が作られるようになったのは弥生時代のことだ。古墳には、お供え物を入れるつぼや台が供えられた。それが3世紀後半の古墳時代になると「円筒」の埴輪となる。4世紀には「家形」、道具をかたどった「器財」が登場。その後、「動物」や「人物」が加わり、7世紀初期まで作られたとか。
購入した埴輪を測定すると、高さは23センチ。頭部から耳、顎までを保護する、ヘルメットのようなかぶり物は左右にひびが入り、鼻や右顎に傷がある。私は千数百年、風雪に耐えた本物と確信した。これで体の部分があれば、女性店主が「兄弟」と言っていた「埴輪 挂甲武人」と同様、1・3メートルほどになるはずだ。
翌週、その「挂甲武人」を無性に見たくなり、東京国立博物館に出掛けた。6世紀後半の作とされ、群馬県太田市で出土した。全身完全武装で細部まで表現されている。顔に幼さが残る「少年兵」といった印象を持つ。わが家の埴輪は「京のひな人形」を思わせる公家顔で、全身があればさぞかし気品があったろう。
それから毎日、眺めた。そのうち愛着がわき、埴輪への関心も増していった。実物をもっと見たい。兵庫県は古墳の数が全国で最も多い。身近な博物館などで見ることができるはずだ。ところが、県内の博物館の情報を検索してみても、県立考古博物館(播磨町)に頭部が一体あるらしいが、ヒットしない。神戸市立博物館には馬形埴輪が一体あるだけ。なんで?
(骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
※電子版の神戸新聞NEXT(ネクスト)の連載「骨董遊遊」(2015~16年)に加筆しました。
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