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骨董漫遊

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石川啄木が鑑賞したと推定される玉置照信の作品「少女(ヴァイオリンの)」
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石川啄木が鑑賞したと推定される玉置照信の作品「少女(ヴァイオリンの)」

 3年前、近所の古書店で「啄木全集」(全17巻、1961年・岩波書店)を買った。美本ではないが、全巻そろって3千円という安さだった。

 石川啄木のファンというほどではないものの、100年以上昔に26歳で早世した男の詩や歌を時折、口ずさみたくなる。全集の中で特に読みたかったのは、第13巻に収録されている日記だった。

 旧制盛岡中学(現盛岡一高)を中退し、直後に16歳で上京した明治35(1902)年10月30日の記述から始まる。

 11月7日のくだりを読んで驚愕(きょうがく)した。「上野公園に紫玉会油絵展覧会を見る。数百枚のうち大方は玉置照信氏一人の作にして(略)少女(ヴァイオリンの)照信氏作(略)やや見るべし」

 ここに記されている「少女(ヴァイオリンの)照信氏作」とは、もしや-。私の自室の壁に掛けている、森の中でバイオリンを弾く少女の絵ではないか。

 玉置(たまき)照信(1879~1957年)は、現在ではほとんど知る人のない画家である。私がその絵を購入したのは、2003年3月、京都で開かれた骨董(こっとう)祭だった。もちろん、玉置のことは全く知らなかった。

 描かれているのは、明治、大正期の典型的な女学生の姿だ。夏服の白い小袖に紫の袴(はかま)。足には黒革靴。髪を高く結い、リボンを着けている。

 少女の表情は私が中学時代、恋い焦がれていた年下の女性に似ていた。そう、初恋の人。自分の少年の日の記憶が、一挙によみがえる。この絵がほしいと思った。

 当時、私はすでに骨董に魅入られていたものの、古陶磁の食器や酒の器に夢中で、絵画など想定外のことだった。

 絵が大きいことも所有欲をかき立てた。大きな絵を自宅の壁に飾りたい-というのが私の幼い頃からの夢だったから。絵の実寸は縦が86センチ、横が137センチ。幅が13センチもある額縁は、それごと木箱に収納したような二重構造で、初めて見る重厚さだった。

 売り主に聞くと「展覧会に出品する際、本来の額縁を保護するため仕組んだのではないか」と言う。

 作者や絵の来歴については「絵の右下にT・TAMAKIのサインがある。それ以上のことは分からない」。私にはそれで十分だった。この連載で紹介した、親戚のおばさん似の肖像画を買ったときと同様、初恋の人に「似ている」ということが、私にとっての価値のすべてだったから。

 売り主の絵についての情報不足もあって、大作にしては安価だったと記憶する。

 入手した年の暮れ、集合住宅を購入して引っ越し、ようやく壁につるすことができた。すると、「T・TAMAKI」が気になりだした。

 (骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)

2021/2/22
 

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