骨董漫遊
私が以前から気になっていた食器の裏の文字と数字は、太平洋戦争が始まった昭和16(1941)年から同20年ごろまで、全国の陶磁器産業が政府の統制下にあったときの「統制番号」だった。
岐阜県陶磁資料館(現・多治見市美濃焼ミュージアム)で見つけた「特別展 戦時中の統制したやきもの」(2001年)の図録によると、政府は生産者に統制番号と窯印(かまじるし)を入れるように義務付け、責任の所在を明確にした。戦時中の「統制経済」が陶磁器の製造にまで及んでいたとは、初めて知る事実だった。
窯印とは、かつて共同の窯で焼成する際、窯元や作者を明らかにするため、底や裏側などに、彫り付けたり押印したりして示した記号。備前焼が有名だが、全国各地で焼かれた生活雑器などは、大半が窯印なしで市場に出回った。
現在でも、芸術品や高級品は別として低価格帯の食器に窯印はない。だが、統制経済下では庶民の食器にまで番号を付けさせ、管理したのだ。
所有する食器類を図録で調べてみる。富士山を背景に、船頭が舟をこぐ絵柄の皿には「岐935 土岐市駄知町 カク長製陶所」との説明書き。皿を裏返すとその通りの窯印があった。「岐」とは岐阜県内で製造の意味である。
ほかに「岐93」と「岐1047」の飯茶碗(めしぢゃわん)、「岐1119」の小皿などが確認できた。それぞれ、どこの製陶所が作ったのか追跡できる。
さて、統制陶磁器の存在を知って間もなくのこと。テレビで海底に沈んだ戦艦の映像を見ていると、画面に割れた吹墨(ふきずみ)富士の飯茶碗が映り、思わず目がくぎ付けとなった。
旧陸海軍はアルミの代用品として、陶磁器の食器を業者に作らせた。骨董(こっとう)市で目にするのは、大半が「星章」の付いた陸軍用だ。海軍にも「桜に錨(いかり)」マークの食器は存在するが、船内で割れると危ないという理由から製造個数は少ない。テレビに映った飯茶碗は、兵士が一家だんらんの思い出として艦内に持ち込んだのだろう、と勝手に想像した。
ところが最近、「時のかけら~統制陶器~」というネットのブログで、海軍で使用されたらしい吹墨富士の食器が複数存在したことを知った。一つは、テレビで見た茶碗とは雰囲気が異なり、底に名陶(名古屋製陶所)の窯印があった。軍用食器に絵付けは不要のはずだ。
ここで推理を働かせる。海軍には「富士山」「富士」という軍艦が存在した。「富嶽(ふがく)」という大型爆撃機の製造も計画された。そこで、気骨ある陶工が軍隊の食卓に彩りを、と焼いたのではないか。富士の図柄なら大将でも完成品を「廃棄せよ」とは言えまいと。なんという知恵者、気骨の吹墨富士だ。これはすごい。
(骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
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