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骨董漫遊

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筆者が持参した動物の骨を鑑定する落合淳思さん=2016年1月、京都市北区の立命館大学
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筆者が持参した動物の骨を鑑定する落合淳思さん=2016年1月、京都市北区の立命館大学

 古代中国の甲骨文字のようなものが刻まれた骨を買い集めていた私は、ネットでの取引価格を見て「手元の骨が全部本物だったら、家の1軒は建つ」と、ほくそ笑んだ。

 その頃、実物の甲骨文字が見学できる数少ない施設、東京国立博物館に行って展示品を見る機会があった。長さ数センチの破片のような骨ばかりで、わが家の骨の方が格段に大きい。展示品を見ながら、私は優越感にひたった。

 とはいえ、記事に書く以上、骨の真偽を確定させる必要がある。手元の甲骨文字について書かれた3冊の本の著者で、立命館大学の白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員=博士(文学)=の落合淳思(あつし)さん(41)に話をうかがうことにした(年齢、肩書は当時)。2016年1月のことだ。

 京都の研究所を訪ねた私は包んでいた新聞紙を解き、持参した亀と牛の骨、十数片を一挙に広げた。落合さんはちらりと見て「白過ぎますね」

 確かに…。3千年以上も前の遺物である。私は内心「一つや二つは本物が」と願っていたが、その言葉に最悪の結果を覚悟した。

 本物である可能性が最も高いと考えていた、茶色の亀の腹甲(ふっこう)をじっくり鑑定してもらう。「文章になっていません。本物なら占いの際に、裏側に熱を当てた跡があるはず。それがありません」

 そして、牛の白い骨群を手に「これは彫刻刀、それは小型の電動ドリルで刻んだ文字ですね」と指さした。

 「王占曰(おう・うらないみていわく)。ここまでは定型通りですが、あとはでたらめ。後の時代に作られた篆書(てんしょ)体の文字も交じっています」

 楽譜を初見で理解して歌う音楽家のように、リズミカルに読み説きながら「違うな、違う」と何度かささやく。

 もう観念するしかなかった。すべて偽物。レプリカ(複製品)ですらない。

 中国で甲骨文字の本格的な解読が始まったのは1910年代。日本では30年代から、とされる。研究は戦争などで停滞し、戦後再開された。

 落合さんの話では、中国から日本に甲骨文字の骨を自由に運び込むことができたのは戦前の約20年間のことで、「戦後は日本に入る可能性はほとんどない」とか。落合さん自身、約20年に及ぶ研究生活で、個人所有の骨に甲骨文字を確認したのは「一度だけ」だそうだ。

 この後、亀の甲羅を薬品で処理し、それらしく見せる手法なども教えてもらった。数々の偽造の種明かしは興味深く、話を聞くうちに、落ち込んでいた気分が不思議と晴れやかになっていった。

 帰路、電車の中で落合さんの著書を再読しながら自分の欲ぼけを恥じ、その業績がもっと注目されるよう願った。

(骨董愛好家 神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)

※電子版の神戸新聞NEXT(ネクスト)の連載「骨董遊遊」(2015~16年)に加筆しました。

2021/9/27
 

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