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骨董漫遊

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松方正義の書「山は呼ぶ万歳の声」を解読する松宮貴之さん=滋賀県多賀町のギャラリー「松宮書法館」
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松方正義の書「山は呼ぶ万歳の声」を解読する松宮貴之さん=滋賀県多賀町のギャラリー「松宮書法館」

 「政治家の書」をめぐる話を続ける。伊藤博文の書とされる「伊藤公筆憲法義解草稿」の軸を手に入れた私は、この春、京都の仏教大学講師で書家の松宮貴之さん(48)=滋賀県在住=に連絡を取った。手元にある、ほかの書についても話を聞きたかった。

 すぐに了承をいただいたものの、新型コロナウイルスの感染拡大の真っただ中である。やむなく、解読してもらいたい資料を写真に撮って、メールで送ることにした。

 松宮さんは一つ一つの文字を読み解き、分かりやすい寸評を付けてくれた。伊藤の軸についての見解は次のようなものだった。

     ◇

 ■私が入手した軸の「草稿」と清書版の序文は一言一句同じで、その内容に新しい発見はない。

 ■清書版の序文は重厚感を意識しながら、気持ちを整えて書いたと思われるのに対し、私の「草稿」は透明感があり、奔放な印象を受ける。

 ■伊藤博文が表したとされる書は、中国の王羲之(おうぎし)の書風を基盤とする二つの系統に分類できる。一つは筆遣いがもたつきながらも味わいのある系統、もう一つは透明感のある奔放な系統である。

     ◇

 松宮さんによると、二つの書風の系統は伊藤が書き分けているのか、それとも一方が伊藤本人で、もう一方は側近(右筆)の手によるものなのか、断定できないそうだ。

 ただ、私には憲法制定という宿願をかなえた伊藤の高揚感が伝わった。寸評を読み、心が晴れやかになった。

 軸の真贋(しんがん)や価値は分からなかったが、書かれている内容や文字が識別できたのだ。何より、松宮貴之さんという一流の書家の見解に触れ、大いに納得した。伊藤博文ほどの政治家ならば、昔の武将のように秘書役の側近が存在したのもうなずける。いろいろな意味で、やはり書は奥深いと知った次第であった。

 松宮さんは著書「政治家と書-近現代に於(お)ける日本人の教養」(雄山閣)で、王羲之の書風を受け継ぐ政治家の「近代日本の三筆」として、松方正義(号は海東(かいとう)など、1835~1924年)、犬養毅(号は木堂(ぼくどう)など、1855~1932年)、副島種臣(そえじまたねおみ)(号は蒼海(そうかい)など、1828~1905年)の名を挙げている。

 次回はその一人、松方正義の書について記してみたい。

 (骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)

【王羲之】303~361年。中国・東晋時代の政治家で書家。「書聖」と呼ばれる。今日の日本人が「美しい」と感じる漢字の書は、王羲之がつくりあげた草書体が基本、とされる。

2020/10/12
 

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