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骨董漫遊

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藤原定家の歌として購入した掛け軸。中廻(ちゅうまわし)に、三つ葉葵(あおい)の家紋が並ぶ
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藤原定家の歌として購入した掛け軸。中廻(ちゅうまわし)に、三つ葉葵(あおい)の家紋が並ぶ

 藤原定家の掛け軸の話を続ける。

 大阪で開かれた古文書愛好家の集いに出展した私の掛け軸の前で、書かれた短歌を口ずさむ男性がいた。長年、解読できなかった私は、すぐに駆け寄った。

 「すみません、もっと大きな声で詠んでください」

 ペンと紙を取り出し、耳を澄ます。「かみかきや あきにもあへぬ くずのはの けさおくしもに つゆやはてなん」

 感謝の言葉を言おうとして、気が付いた。どこかで見た人と思いきや、歴史学者の磯田道史氏ではないか。

 著書「武士の家計簿 『加賀藩御算用者』の幕末維新」(新潮新書、2003年)で世に知られ、テレビ出演も多い。

 数日後、磯田氏に教えられた書き出しの「かみかき」を手掛かりに、「藤原定家全歌集(上・下)」(ちくま学芸文庫、久保田淳校訂・訳)をめくってみる。

 下巻に「神垣(かみがき)や 秋にはあへぬ葛の葉は けさおく霜にふりやはてなん」とあった。

 注釈を読むと「秋には抵抗しきれず黄葉(こうよう)していた、神の斎垣(いがき)に這(は)う葛の葉は、今朝置いた霜のために落ち尽してしまうのであろうか」の意味で、正治2(1200)年の10月の歌合わせで詠じたものか-とある。

 私の軸の歌と読み比べると、異なる部分が3カ所、あった。

 「秋には→秋にも」

 「葛の葉は→葛の葉の」

 「ふりやはてなん→つゆやはてなん」

 なぜだろう。やはり偽物だったかと思いながら、研究者に歌の写真を送って鑑定してもらうことはできないか、と考えた。その場合、鑑定料はいくらだろう。

 あれこれ考えた揚げ句、無謀にも、全く面識のない早稲田大学の某教授にメールを差し上げることにした。すると、教授の見解が返ってきた。

 教授は、書風などに詳しい専門家に見せた上で「定家筆ではない」と断定された。その上で、葵(あおい)の紋から推察して「江戸時代に、徳川家(松平家)の高貴な人物(筆跡からたぶん若者)が、書の練習などで書き、それが家臣などに下賜されて高級な表装がされたということかもしれません」と記した。

 調べてみると、江戸時代、定家の書風は「定家様(よう)」として人気を呼び、大名茶人にもてはやされたという。知人の書家によれば、定家様はまねしやすく、それゆえ偽物も多いとか。

 いずれにせよ、歌聖の書をほしいと思ったこと自体、恐れ多いことだったと悟る。「くずし字」を多少覚えたことが、唯一の収穫だった。

 (骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)

2021/2/1
 

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