骨董漫遊
「手っ取り早く骨董(こっとう)が分かる本、ない?」。友人らに尋ねられることがある。
私がまず推薦するのは文豪、幸田露伴(1867~1947年)の「骨董」(岩波文庫「幻談・観画談」収録)だ。1926(大正15)年に執筆した、骨董の本質を正面から論じた随筆である。
露伴はまず、骨董という言葉の語源を述べる。
中国の言葉だが、文字自体に意味はない。「こっとう」という音に漢字をあてはめたにすぎず、その定義も「何でも彼(か)でも古い物一切をいうことになっている」という。
そして、趣味としての収集を擁護する。「骨董いじりは実にオツである、イキである」。使われる金は「高慢税」というべきもので、(政府ではなく)骨董屋へ回って世間に流通し景気をよくする、と説く。
歴史にも詳しい。高慢税を払わせようとした元祖は織田信長で、それを広めたのが豊臣秀吉。秀吉は茶道を大いにはやらせ、千利休に高慢税の額を査定させた。利休が指さした鉄は黄金となる。かくして利休は「煉金(れんきん)術を真に能(よ)くした神仙」になった。
露伴はいわば日本の「骨董史」の始まりを、鮮やかに解き明かしたのだ。加えて「掘り出し物」の言葉のいわれや、陶器の名品を巡って殺人事件が起きたり自殺者が出たりしたという中国・明(みん)時代の話を紹介し、「骨董とは何か」を考えさせてくれる。
露伴に続いては、文芸評論家の小林秀雄(1902~83年)の「真贋(しんがん)」(2000年、世界文化社)をお薦めしたい。
小林は30代で骨董に魅せられ、1950年に美術雑誌「芸術新潮」が創刊されると、同誌を中心にエッセーを次々発表した。それまで金持ちの趣味と思われていた骨董を、「身近なもの」にした功労者の一人だ。
「真贋」には、彼の一連のエッセーの代表作というべき「骨董」が収録されている。
「骨董はいじるものである、美術は鑑賞するものである」。さらに「骨董とは買うものだ」と記す。
タイトルとなった「真贋」には、自宅で得意になって掛けていた良寛の書を友人の吉野秀雄(書家で歌人)に偽物と断じられ、日本刀で「縦横十文字にバラバラに」した有名なエピソードも収める。
私も折に触れて露伴、秀雄両先生の御高説に触れきた。その結果、「骨董買いの気分」がいや応なくハイテンションになり、「骨董病」を悪化させたのだった。
(骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
※電子版の神戸新聞NEXT(ネクスト)の連載「骨董遊遊」(2015~16年)に加筆しました。
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