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「辞意」報道を受け、記者会見する貝原俊民・兵庫県知事=2001年、兵庫県庁
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「辞意」報道を受け、記者会見する貝原俊民・兵庫県知事=2001年、兵庫県庁

「辞意」報道を受け、記者会見する貝原俊民・兵庫県知事=2001年、兵庫県庁

「辞意」報道を受け、記者会見する貝原俊民・兵庫県知事=2001年、兵庫県庁

■任期半ば、震災のけじめ

 一番に挙げた理由は、6434人の尊い命が奪われた阪神・淡路大震災への「責任」だった。

 「震災時の知事としてのけじめを明らかにすべき時期と判断した」

 2001年、兵庫県議会の6月定例会最終日。貝原俊民知事は、任期半ばでの辞任を正式表明した。

 旧自治省出身。兵庫県では財政課長、総務部長、副知事などを経て1986年、知事に初当選した。豊富な行政経験で県政運営に当たるとともに、「地方分権」の論客として政府への提言を繰り返してきた。

 だが、そんなキャリアをもってしても、未曽有の災害に立ち向かうのは容易ではなかった。復興への道のりは険しく、時に無力感にも襲われたという。

 その震災から6年が経過。経済指標がようやく震災前の水準に戻ったことなどが、辞任の決断を後押しした。一方で、自身が思い描く人物へいかにスムーズにバトンを渡すか。政治的思惑が働いたのも確かだ。

 4期目の途中、14年8カ月で自らピリオドを打った後は、県政と一定の距離を置きつつ、防災、地方分権などの分野で積極的に意見を発信し続けた。

 80歳を超えてなお意欲は衰えなかったが、交通事故という思わぬ形で終幕を迎える。辞任から13年。震災20年の節目が2カ月後に迫っていた。(志賀俊彦)

【6月の主な出来事】

12日 貝原俊民兵庫県知事が任期途中の辞任を正式表明(2001年)

13日 初の南北首脳会談(00年)

    プロ野球オリックスと近鉄の合併発表(04年)

    小惑星探査機はやぶさが7年ぶりに帰還(10年)

14日 大阪・八尾市でヤミ金心中事件(03年)

15日 PKO法成立(1992年)

    イチロー選手が日米通算最多の4257安打(16年)

16日 皇太后さまが老衰のため97歳で逝去(00年)

17日 臓器移植法成立(97年)

18日 宮沢内閣の不信任決議案可決(93年)

    神戸港で有毒なヒアリ約100匹確認(17年)

2018/6/12
 

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