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地震で約600メートルにわたり横倒しになった阪神高速神戸線=1995年1月17日、神戸市東灘区深江本町 神戸新聞NEXT
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地震で約600メートルにわたり横倒しになった阪神高速神戸線=1995年1月17日、神戸市東灘区深江本町

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 死者6434人、行方不明3人。史上初の震度7を観測した阪神・淡路大震災から、24年がたとうとしている。猛烈な揺れが刻み込まれた身には、つい先日のように感じるが、現実には記憶の継承が課題になるほどの歳月を重ねてきた。

 家という家が崩れ、街が炎に包まれるのをぼうぜんと見つめるしかなかった夜明け。横になる場所もなく、誰もがただ座っていた避難所。給水車の前で順番を待ち続けていた人々の列。「関西には大地震はない」との「安全神話」に漬かっていた私たちは、自然の破壊力の前で、無力な人間の存在を思い知らされた。

 極限の状況で、生きる力をもらえたのは、人々の助け合いであり、全国から駆けつけたボランティアであり、募金や応援メッセージだった。この国が変わる。一筋の光を見た気がした。

 その後も、東日本、熊本など各地で大災害が相次いだ。コミュニティー維持への配慮など、阪神・淡路の「失敗」が復興に生かされている面もある。一方で、関連死や独居死など変わらぬ現実も数多く見てきた。

 震災から25年目を歩みだす私たちは、生き残った者の責任として、失敗から学び、社会のありようを問い続けていかねばならない。災害で多くの命が奪われ続けるという現実に向き合うとき、「風化」はあり得ないと思う。(長沼隆之)

2019/1/15
 

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