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偉大な足跡を紹介する宝塚市立手塚治虫記念館。手塚さんの自画像が迎える=宝塚市武庫川町 神戸新聞NEXT
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偉大な足跡を紹介する宝塚市立手塚治虫記念館。手塚さんの自画像が迎える=宝塚市武庫川町

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■宝塚が生んだ漫画の神様

 一つの時代が終わった。昭和から平成へと替わり、わずか1カ月。漫画の神様・手塚治虫さんの60歳という早すぎる死は、日本中に大きな衝撃を与えた。葬儀では、ファン1万人の列が夕方まで続いた。漫画家もアーティストも、作家も学者も、あらゆる分野の人が追悼の言葉を寄せた。

 宝塚で5歳から20年間を過ごした。豊かな自然の中で昆虫採集にのめり込み、「治虫」をペンネームに。宝塚歌劇にも夢中になり、代表作「リボンの騎士」が生まれた。宝塚こそ「手塚ワールドの原点」と、弟の浩さんはきっぱりと言う。

 没後、記念館設立の要望があちこちからあったが、「多大な影響を与えた宝塚しかありえなかった」と、手塚プロダクションの松谷孝征社長。1994年4月25日、「自然への愛と生命の尊さ」をコンセプトに、宝塚市立手塚治虫記念館は開館した。入り口に立つのは、阪神・淡路大震災の復興のシンボルにもなった「火の鳥」の像だ。

 病床でも三つの連載を抱え、「仕事をさせてくれ」が最期の言葉だった。残した原稿は15万枚。その作品は漫画表現の基礎となり、不死鳥のように生き続け、今なお読み継がれる。

 もしも、手塚さんがいなかったら-。MANGAもANIMEも、世界語にはなっていなかったかもしれない。(田中真治)

2019/2/5
 

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