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明石海峡大橋が開通した日、多くの車が数珠つなぎとなった=1998年4月5日、淡路島側から神戸・垂水側を望む 神戸新聞NEXT
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明石海峡大橋が開通した日、多くの車が数珠つなぎとなった=1998年4月5日、淡路島側から神戸・垂水側を望む

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■代償払った「夢の架け橋」

 当初は絵空事にすぎなかった「夢の架け橋」は、構想からほぼ半世紀を経て、約4キロにも及ぶ海峡をまたぐ「世界一のつり橋」となった。国生みの神話が伝わる淡路島は事実上島でなくなり、近畿圏と四国が“陸続き”になった瞬間だった。

 その端正な姿は、技術大国の名を世界に示し、経済的にも先に開通した瀬戸大橋以上の効果が期待されたが、内実は多くの誤算と犠牲の上に成り立っていた。

 日本経済はバブル崩壊後の長い低迷期にあった。開通前年になって、旧本州四国連絡橋公団は、尾道-今治ルートも含めた3ルートを5年間、2割引きとする新料金を発表。瀬戸大橋の交通量の読み違えや建設費の負担で巨額債務に苦しむ同公団が、減収必至の大幅値引きをした背景には、4割も下方修正を迫られた需要予測の厳しさがあった。

 赤字体質の経営は、公金の投入で辛うじて支えられた。国と兵庫県など地方自治体の出資総額は、約7千億円から1兆6千億円に増額された。国民につけを払わせた形の通行料金値下げは、長く海上交通を担ってきた大阪湾、瀬戸内航路への打撃を拡大させた。

 開通と同時に廃止されたのは19航路に及び、船員ら1500人が離職した。今でこそ経済活動や生活の手段として欠かせない大橋だが、夢の続きには大きな代償もあった。(東方利之)

2019/4/2
 

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