マッツ・ミケルセン。映画「007カジノ・ロワイアル」においてル・シッフルという強烈な個性を放つ悪役で一世を風靡し、「シャネル&ストラヴィンスキー」ではロシアの大作曲家、ストラヴィンスキー役で主役を張り、またアメリカのテレビドラマ「ハンニバル」で2年に渡り、人食い殺人鬼、ハンニバル・レクター博士を演じたデンマーク人の怪優。
カンヌ映画祭で主演男優賞を受賞し、デンマーク女王よりダンネブロ勲章、フランスからは芸術文化勲章を授けられた。そのマッツが、12月1~3日に渡って幕張メッセで開催された世界最大級ポップカルチャーイベント「東京コミコン2017」のスペシャルゲストとして来日。コペンハーゲン出身のマッツとは、私も同じ街に住んでいたこともあって様々な場でご縁があり、今回は日本でマッツ&Co.と3日間をご一緒させて頂くことになった。
彼と初めて出会ったのは2008年、ベルリンでの映画関係のパーティ席上だったので、それから早や9年の歳月が流れたのか。
マッツ・ミケルセン。私の母国で改めて彼を間近に見て、話して、彼のファンたちの圧倒的な熱狂を肌で感じて、世界的俳優としての彼、そして1人の人間としての彼の姿を字数の許す限り描いてみたいと思う。
先ず...
欧州に長らく住み、彫りの深い彫刻のような顔立ちに慣れきっている私だが、マッツのあの独特の頬骨に、会う度に視線をぐいと持っていかれる。奇跡的な位置に、奇跡的な高さで位置する彼の頰骨。美の神の戯れのような。
次に...
あの口角。何人(なんぴと)にも真似の出来ない角度でクッと持ち上がるあの口角。そして、それがもたらす殆ど神秘的な微笑。
そして..いやこれこそ最初に書くべきだった。
天性のストーリーテラー。とにかく話が面白い。とにかく話す。とにかくその場の全てを攫(さら)ってゆく、天才的な物語の紡ぎ手。
今回の東京滞在中に思い出したが、最初に邂逅したベルリンでの夜、私はマッツ & Co. に囃(はや)され持ち上げられ、ピアニストとしての絶対的タブーを犯してしまった。つまり、酩酊状態でのピアノ演奏である。
そこにピアノがある限り。そして求められる限り。弾かねばならぬ、エリコは、ピアノを、あゝ。
ショパン、ラフマニノフ、そしてストラヴィンスキーを小1時間ばかり。最後の方には、デンマーク・ヴァイキングの殿方たちはグランドピアノの周りを輪になって踊っていたように思う。記憶が定かでないのは、琥珀色の液体を相当量摂取していたせいだろう。
その後、ヨーロッパ映画祭で再会した際、マッツは髪を黒く染め、音楽界の歴史を抜本的にひっくり返したロシアの大作曲家、イーゴル・ストラヴィンスキーに酷似した姿になっていた。映画「シャネル&ストラヴィンスキー」の主役に抜擢された彼には、常人には及びもつかぬほどのミッションが課せられた。10代の頃からストラヴィンスキーの見た白昼夢の中に生きているも同然なほど彼の音楽に惑溺し続けている私は、惚(ほう)けたようにマッツの話に聞き入った。
彼はこの映画のクランクイン数ヶ月前からピアノの猛特訓を受け、さらに指揮法を習い、またフランス語の習得と同時に、それをロシア訛りで話すという神業を成し遂げなければならなかった。そして、その神業を縦横無尽に使いこなした上での撮影が待っているのだ、この俳優には。ちなみにマッツの母国語はデンマーク語である。
ストラヴィンスキー本人も、ロシア語訛りのフランス語を話すデンマーク人俳優が、彼を演じることになるとは思ってもいなかったのではないか。ウォッカのグラスを片手に、皮肉気に、しかしまんざらでもなさそうに斜に構えたストラヴィンスキーの姿が浮かぶようだ。
言語一つをとっても凡人の私には想像もつかぬハードな俳優業。世界中を多言語で多国籍のクルー達と撮影するマッツが、発音から派生した思わず吹き出すようなエピソードを話してくれた。
ある国での撮影中、クルーの1人が「We need 50 guns (50挺の銃が必要だ)」と言ったのを、他のクルーが「We need 50 nuns (50人の尼僧が必要だ)」と聞き間違え、危うく尼僧が50人も現場にやって来るところだったそうだ。
マッツ・ミケルセン。やはり、天性のストーリーテラー。
次のコラムでは「東京コミコン2017」の模様とマッツ、そして、世界を変えたある方との邂逅についてお届けします。おそらく。
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