エッセー・評論

ピアニスト牧村英里子と世界のヒトビト

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剃髪姿のピアニスト、牧村英里子 アントレプレナー、Flemming Wisler氏 作家、Jan Egesborg氏
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剃髪姿のピアニスト、牧村英里子

アントレプレナー、Flemming Wisler氏

作家、Jan Egesborg氏

  • 剃髪姿のピアニスト、牧村英里子
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  • 作家、Jan Egesborg氏

剃髪姿のピアニスト、牧村英里子 アントレプレナー、Flemming Wisler氏 作家、Jan Egesborg氏

剃髪姿のピアニスト、牧村英里子

アントレプレナー、Flemming Wisler氏

作家、Jan Egesborg氏

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 世に「殺し文句」というのがある。実は2015年5月19日まで私もその存在を知らなかった。

 アーティストには次のステップに上がるべき、「ときはいま」なるタイミングがあるのだが、3年前の5月が私にとってまさにその「とき」であった。

 その日、私はかなり思い切ったパフォーマンスを敢行。過激なショーに慣れきっているヨーロッパ人の観客たちでさえ、上演中に何度も息を飲むのが分かった。

 終演後、ファンの方が差し入れた下さったシャンパンを飲みながら、ああとんでもないパフォーマンスをやってしまった、いやしかし今の自分には間違いなく必要なことだったのだと放心の体で自問自答を繰り返していたところ。

 その様子を暫く見ていたらしい目の前の男性が、新しいグラスに琥珀色のお酒を注いで私の前にそっと置くと、ポツリと呟いた。

 「エリコがここまで来るには、僕たちには計り知れないほど多くの辛酸を舐めて来たんだろうなあ」

 ハッとして顔を上げると、慈愛と理解に溢れた優しい微笑みがあった。デンマーク人のアントレプレナー、フレミング・ウィスラー氏だった。

 臍を固めて挑んだ骨肉を削る思いのパフォーマンスを、それに至るまでのアーティストの葛藤や苦悩を感じながら観て聴いてくれたフレミングの言葉に、私は思わず嗚咽した。文字通り、ヴァイキングの殺し文句にやられてしまったのである。

 彼とは、正確には2013年初春のコンサートで初対面を果たしているのだが、ちゃんと会話を交わしたのはその時が初めてである。フレミングの言葉が契機となって、その日以来私の仕事に対する厳しさ、峻烈さはそれまでの何倍も激しさを増した。芸術への深い理解者がいてくれるという事実が、私をますます強くしてくれたのだ。

 「NXT」「House of Futures」「Dome of Visions」等、フレミングは様々な企業の起業家且つチェアマンであり、ソーシャルメディア、文学、音楽、アート、そして環境問題と、それぞれの分野の一流の専門家たちと共同でプロジェクトを推進している。

 私はその中の一つ、「Dome of Visions」プロジェクトにアーティストとしてお招き頂き、そこで何度も新作発表を行なってきた。特に去年5月にオーフス市で発表した作品は、21世紀の日本社会が内包する矛盾を冷徹な目で見据えてそれを舞台化したもので、ドメスティック・バイオレンスのシーンでは、ゲストパフォーマーも私も負傷するほど激しい内容だった。

 そのコンサート後、フレミングはいかにもヴァイキングの末裔らしいガッシリした体をかがめて大きなハグをしてくれながら言ったものだ。

 「僕はあの悲しみのシーンを観た時、泣くのを堪えるのに本当に苦労した。ヴァイキングは泣いてはならないから」

 これも間違いなく殺し文句である。同時にアーティストとしては、今回は彼を泣かせるまでには至らなかったが、「次こそは必ず」と次作への創作意欲を激しく掻き立てられる言葉でもあった。

 その半年後の2017年11月、今度はコペンハーゲンでコンサートパフォーマンス「嫉妬」を開催した。この絶望的な感情を抉りに抉った作品を四夜に渡って上演したのだが、プレミアに足を運んでくれたフレミングは、終演後にまだ現実へ戻りきれずにフラフラした私を椅子に座らせると、何も話さずただジッと側に居てくれた。彼の目に光るものを見た時、これこそ言葉を超越した殺し文句だと、深い感謝の思いでこうべを垂れた。

 そしてつい数日前、フレミングと彼のビジネスパートナーで作家のヤンが来日した。ビジネスミーティングで多忙の中、彼らはなんと私のコンサートパフォーマンスシリーズ「七つの大罪」の最終章である飽食編を聴きに、1月14日、兵庫県立芸術文化センターの会場までわざわざ足を運んでくれたのである。

 3年半に渡る全7回シリーズのグランドフィナーレに相応しい幕切れとは何か。私は準備段階で覚悟を決めた。コンサートの休憩時間15分の間に、舞台監督は私の長い長い黒髪をバリカンで完膚なきまでに剃り上げた(写真参照)。後半、剃髪した頭に妊婦の格好で裸足のまま調子の外れた子守唄を歌う私は、酒池肉林を尽くした女の成れの果ての姿として映っただろうか。

 パフォーマンス後にフレミングとヤンから貰った殺し文句は、パンドラの箱にそっとしまっている。

 「殺し文句」を「killing expressions」即ち「loving expressions」であると訳している、心憎いほど粋な翻訳サイトを見つけた。「殺し文句」はまさに「愛の言葉」。ここ数年、精神肉体両面とも苦しい舞台がノンストップで続いているが、真の理解者たちからの情愛に満ちた殺し文句が支えとなり、私は既に次のプロジェクトに向けてフルスロットルで働いている。坊主頭のままだけれど。

 手前味噌ながら、私の芸術活動を七歩ほど後ずさりながらも見守ってくれている父も、ここぞと言う時はなかなかの殺し文句を吐く。今回の飽食編に対する感想メールにはこうあった。

 「シリーズの壮絶なフィナーレは『七つの罪を犯した聖女の見事な切腹』と推量しております」

 作法から大分はみ出した切腹ではあったが、3年半に渡るプロジェクトにこれしかないと思える形で幕を降ろすことが出来て良かったと思っている。そして、フレミングとヤンのヴァイキング2人に、私の母国日本の芸術シーンで戦う姿を見て貰うことが出来たのも、ただただ純粋に嬉しい。

 再来日を固く約束して彼らは帰国の途についた。2人のユニークで創造性に満ちた数々のプロジェクトについては、次回私が渡欧した際、改めて詳細をしたためたい。

 さて、剃髪したエリコは、これから冬の古都に向かいます。

2018/1/20

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