師走が去り、新しい年が来た。皆さま、明けましておめでとうございます。
そんなわけで、四国は徳島県にいる。平安絵巻さながらの寝殿造の旅殿「御所 社乃森(やしろのもり)」にて新年を言祝ぐという、何とも「いと、をかし」な初旅2019と相成った次第である。
山々に囲まれた敷地は総面積三千坪、客室十部屋、檜の銘木を使った室内は全室五十畳以上という旅殿。風ではらりと揺れる御簾の向こうには竹林が広がっている。
神秘、艶(あで)やか、幻想的、贅を凝らした、などという言葉では到底形容できない、玉虫色のヴェールに包まれたような社乃森。その世界観を三十一文字に詠めたら、光源氏が匂いやかな出で立ちで階(きざはし)から現れるような気がするが、悲しいかな、私には和歌の才が完全に欠落している。あゝ、いと、あはれ。
稀代のジャジャ馬ゆえ「藤壺の宮」とはあまりにもかけ離れている上、ちょうど去年の今ごろ、公演中に剃髪してしまったので、いまだ「蝉丸」ならぬ「エリ丸」と呼ばれる我が身。しかし、この夢幻の空間にいると、知らず知らず所作まで古式ゆかしく変わってくるようだ。「エリ丸」から「エリ麿」へのメタモルフォーゼである。
この旅殿ではまた、十二単などの平安装束の着付けや、蝶と呼ばれる的に向けて扇を投げる「投扇興(とうせんきょう)」、香木を聞きわける「聞香(もんこう)」などのお遊びも体験できる。
お香といえば、最も高価な香木は「伽羅(きゃら)」だと言われている。天下一の名香と謳われる正倉院の蘭奢待(らんじゃたい)も伽羅に分類される。蘭奢待はこれまで、足利義政、織田信長、明治天皇等が切り取ったという。香りとは、最も直裁的に五感を刺激する官能の結晶であり、ヒトビトはその中で次第に愉悦と酩酊の酒池肉林へと誘(いざな)われてゆくのであろう。
そんな香木とはいかほどの価値があるのかGoogleに尋ねてみると、伽羅木17グラムで146万8千8百円との表示が出た。一片の煙と化して瞬く間に消えゆく147人の福沢諭吉氏に想いを馳せつつ、私は静かに携帯のサイトを閉じた。究極の香りとは究極のデカダンス、すなわち一万円札の束なのだろか…。
さて、振り返る暇もなく新年を迎えてしまったが、去年も実に多くのドラマがあった。我がコラムでもそのごく一部を書かせて頂いたが、これでもかというほどハプニングだらけの日々だった。
この現象はもしや、平安時代に跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)した「怨霊」が、21世紀を生きる私に(理由は不明だが)総がかりで取り憑いているせいなのかも知れぬ。
友人たちに問うてみたところ「怨霊の方でエリコだけは勘弁と逃げるだろうから、絶対に憑いていないよ」との回答があったので、私の仮説はあっさりと覆された。
怨霊は憑いていない(らしい)ものの、今年はもう少し穏やかに、心の平安のときを持ちたい。
旅仲間によると、四国遍路の第八、九、十番札所が旅殿から近いとのことで、私も同行させて頂くことにした。願わくば全八十八ヶ所を一巡したいところだが、たとえそのごく一部でもいい、本堂への道を一歩一歩無心に歩いてみたいと思ったのだ。
第八番熊谷寺、第九番法輪寺を巡り、第十番の切幡寺(きりはたじ)まで来た。ここの石段は三百三十三段ある。煩悩の数の約3倍の階段をひたすら登る。そのうちの九十九段は「女やくよけ坂」と呼ばれており、石段を進むうちに、怨霊はおろか、煩悩や厄さえ山寺の清澄な空気の中に霧散してしまったようだ。
道すがら、空恐ろしくなるほどの多幸感に浸りつつ、昨夜からの出来事を回想する。新春らしい、目もあやなお料理を頂き、露天風呂に浸かった後は、三方が御簾で囲まれた麗しの寝所で眠った。今朝は、平安装束に烏帽子姿の男性による、玉砂利の庭での清冽な舞を鑑賞。敷地内の神社での朝拝の儀にも参加させて頂き、旅殿を去る直前まで至れり尽くせりのおもてなしを受けた。
それにしても、私が住む神戸から四国まではあっという間だった。淡路島を縦断してのバス旅は本当に快適で、明石海峡大橋、大鳴門橋の二つの美しい橋を渡るのも楽しかった。四国よ、私たちはまたすぐに戻ります。それまでどうぞご機嫌よう。
夢のような24時間を過ごし、ただいま15時。徳島阿波おどり空港でこのコラムを書いている。これからお江戸に飛び、愛するヒトビトと二時間を過ごし、最終の新幹線で帰神予定とドライブ感満載なスケジュールであるが、お遍路で浄化された私の身には、まかり間違っても事件などは起こるまい。
そう、決して起こるまい。
起こ、る、ま、い・・・。
皆々さま、本年もどうかよろしくお願い致します。
あなかしこ
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