長旅の末に到着したデンマークの首都コペンハーゲン。
海外からの旅客も公共交通機関の利用可能とのことで、メトロに乗車した。やっと一息ついてヨーロッパ用携帯の電源をオンにしたところ、ショッキングなニュースが飛び込んできた。
《デンマーク政府は北ユトランドのミンク農場で、ミンクに感染した新型コロナウイルスの変異及び変異ウイルスの人への感染事例が確認されたことを受け、国内で飼養されているミンクの全頭殺処分を決定》
約1、700万匹のミンクがこの世から消えるだろうと記事にある。発生源の7自治体にはロックダウンの措置が迅速に施行された(この件については後日談があるが、ここでは割愛する)。
思いつく限りの非常事態に備えて旅に臨んだつもりだったが、ミンクにまでは考えが至らなかった。北ユトランドはコペンハーゲンから遠く離れているが、北緯34度、25度、そして55度と気を張りながら1日以上かけて旅して来た疲労した身には、それ以上記事を読み進める気力が残っておらず、携帯の電源を切って暫し目を閉じた。
さて、コペンは11月にしては穏やかな気候で、日差しを浴びながら運河沿いのベンチで距離を取ってミーティングが行えるのは私に安心をもたらした。
とは言え、外国人アーティストが3夜連続公演で観客を迎える状況は、私をしばしば極度の緊張状態へ陥れたのもまた事実である。過去に20回ほど弾いている慣れた会場であること、会場責任者が守護神のようにリハーサルも含めて常に見守っていてくれたこと、そして現地チームの甚大なサポートが、3日とも完売の公演を安全になし得た最大の理由だと思う。
観客の皆さんも大いなる敬意と気遣いをもって会場へお運び下さった。例年なら終演後はハグの嵐、ワインを飲みながらお喋りに花が咲くが、今回はマスク着用で投げキッス止まり。公演時に課せられていた22時の会場完全撤退を守り、ほんの少しでも体調が万全でないと感じた方はチケットを健康な方に譲り、大変残念ですが来場は控えますとの連絡があった。今回の公演テーマは「矜持(きょうじ)」。普段は意識することのないこの「矜持」を懐刀に、ここまで来ることが叶ったのだと、全てのパフォーマンスを終えた後、グッと拳を握りしめた。
公演を終えてから帰国までの4日間もかなりハードだった。年末、来年と続けて英語での本が刊行されるので、出版に向けて編集者とラストスパートをかける。並行して2021年のツアー準備も始動。ヨーロッパ中がほぼロックダウン下であるにも関わらず、オーガナイザーたちは強気だ。「オプティミズムは意志によるものである」との言葉が私を奮起させた。この未曾有の状況下、万全を期して私を公式招待して下さった多くの関係者に、改めて深く感謝した。
帰国前日の早朝、再びPCR検査をコペンのテストセンターで受けた。横なぶりの小雨降る何もかもが灰色一色の日で、センターの建物さえ灰色だった。
ここでの検査は日本で受けた鼻腔からのサンプル採取とは異なり、喉の奥に綿棒の親玉のようなスティックをグッと差し込んでの粘液採取法。思わず咽せそうになるのをひたすら堪える。
陰性証明書を受け取るため、午後に再度センターを訪ねた。費用は検査と陰性証明書発行で約4万円。
翌日。コペンハーゲン国際空港は到着時よりさらに人がおらず、今年前半の悪夢が頭をもたげる。2月下旬、仕事のため1週間の予定でこの地に来た私は、滞在中にロックダウンと国境封鎖を立て続けに経験したのだ。ほぼ全フライトがキャンセルとなったため、結局1カ月の足止め状態となってしまった。照明が落ちた全く人気のない暗い空港から東京行きの便が離陸した時は、思わず涙したものだ。
夜中、ドバイ国際空港着。ここで3時間半ほど過ごし、帰国便は定刻通り日本に向けて離陸した。
関空で降機後、検疫官の誘導で検査所に向かう。正確にはPCR検査ではなく抗原検査である。プラスチックの試験管に漏斗を挿し、個別のブースに入って唾液を採取。唾液プロデュースの促進効果を促すためか、ブースにはレモンと梅干しの写真が貼ってあり、思わず吹き出しそうになってしまった。知恵を振り絞ったであろうこの気遣い。私は日本のこういうところが好きだ。
陰性結果を受け取ると、交通公共機関の利用は不可なので予約していたハイヤーで帰宅した。翌日から2週間、自宅で隔離生活に入ることになる。
帰国して3日後、神戸市保健所から電話があった。杓子定規ではないとても丁寧な対応で、体調に関する質問に加えて、夜間・非常時の連絡先を教えて下さった。長らく激務が続いているにも関わらず...と携帯越しに頭を下げた。
そして、当コラムを書き上げた日に14日間の自宅隔離を終えた。近い将来、「あの時は恥ずかしいほどピリピリ神経を尖らせて」と笑いながら読み返せる日が来ることを切に切に願いつつ、筆を置く。
2020/12/1
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