7月末日に灼熱地獄の日本を出国し、1カ月にわたるヨーロッパツアーが始まった。前編・後編と分けて、北欧での愛と狂騒の日々を絶叫してみたい。
【初日】
まずは中継地のヘルシンキに到着。早朝とはいえ、北緯60度に位置するこの街の気温は9度。北極圏は北緯66度33分以北の地域を指すというから、随分と北へ来たものだ。ノルディックセーターを着たフィンランド人たちがカフェで朝食をとっており、セーターに編み込まれた雪の結晶模様を見ながら日本とのあまりの寒暖差に混乱を覚えてしまった。次の搭乗まで時間があったので、お土産用にトナカイの干し肉を買ったり、コーヒーを飲んだりして過ごす。
本日の目的地、ストックホルム行きの飛行機に搭乗し、1時間後着陸。親友が車で迎えに来てくれて、彼らの家で一息ついた。
今夜は中庭でバーベキューパーティーとのことで、街へ買い出しに出る。パンひとつとっても、一切の妥協を許さない美味しいものを知り尽くしたヒトビトの集いなので、まち一番と評判のベーカリー「SEBASTIEN PA SODER」に向かった。ここのサワー種生地で焼かれた手挽き粉パンは芸術作品のようで、私も以前から大のファンである。
夕方から現地の日本人たちも集まり、スウェーデン語、英語、日本語が飛び交うそれは賑やかな会となった。ワインエキスパートからの差し入れのロゼを飲みながら、肉や野菜を焼く香ばしい匂いが漂う中、燃えるような茜色に染まった北欧の夏空を眺める。
【2日目】
ストックホルムから北東へ車を1時間走らせ、友人のサマーハウスを訪ねた。
サマーハウスのホスト、アナスタシアは会社に勤めながら一方で料理へ情熱を注ぎ、その情熱はやがて彼女に料理本の出版を促すまでになった。今日は本の校了日で非常に多忙というのに、私たちのために広いテラスで何十種類もの手料理を振舞ってくれた。トルクメニスタンの伝統料理や、彼女が調合したスパイスを使った様々なソースとディップ、庭で収穫したベリーや薔薇のソルベ、8000年の歴史を誇るワイン発祥の地、ジョージアのオレンジワインなど、見事に晴れ渡った北欧のパステルブルーの空の下、饗宴は続く。
サマーハウスから徒歩5分の湖で心ゆくまで泳ぎ、桟橋で甲羅干し。時差ボケも疲労も心悩ませる雑多な想念も、全てが青の世界に洗われ、融けて流れてゆく。
【3日目】
「ストックホルム プライド(LGBT +people)」ウィークと私の滞在がちょうど重なり、最終日の今日は大きなパレードが開催された。
さまざまな国でプライドに参加してきたが、他国のそれと比べて特徴的な点は何かと尋ねたところ「おそらくスウェーデンでは、国をあげてのサポート体制がより強いのではないか。警察なども交通整備や警備の目的だけではなく、率先してパレードに加わる」との返答があった。次に向かうコペンハーゲンでも滞在中にプライドフェスティバルが開催される。牧師の友人を始め (宗教上、彼の公的な参加表明には大きな意味合いがある)、親友たちも多数参加するため、コペンのフェスも非常に興味深い。
【4日目】
午前11時。次回公演の打ち合わせ場所へ向かおうと外に出たら、晴れてはいるが気温14度とかなり肌寒い。灼熱の日本を出国前に、クローゼットの一番奥から乱暴に取り出した厚手のジャケットを羽織った。
ストックホルムは水の都と称される。街の面積の30%を運河が占めるそうだが、夏の陽光に照らされた水面がキラキラと乱反射する様は見飽きることがない。
しかし、しかし、である。本コラムのタイトルが「北欧の夏2019絶叫中継」であるのに、ストックホルムに着いてからまだ一度も絶叫していないではないか。こんな穏やかな時間が私の中に流れて良いのだろうか...。否、きっと良いのであろう。なぜなら、明日から北欧のラテンと呼ばれるデンマークを拠点に狂乱の生活が始まるからだ。同じ北欧の首都でも、ストックホルムとコペンハーゲンではコンソメスープと豚骨ラーメンほどに違うと思うのは私だけではあるまい。
水の都での最後の夜は、既にそこはかとない秋の気配を漂わせながら暮れていった。嵐の前の静けさ。
【5日目】
名残り惜しくもストックホルムに別れを告げ、電車でコペンハーゲンへ南下。5時間51分の旅である。移動時間を聞いてゲンナリされるかもしれないが、列車で国境を越えていくヨーロッパの旅はロマンに満ちている。乗車している列車「X2000」は私の大親友ジョンのお父様、クラウス・エリオット氏が名付け親で、パッパ (スウェーデンでは父親のことをこう呼ぶ) が命名した列車に乗っているのかと何だか嬉しくなる。
列車の旅で思い出したが、近年ヨーロッパでは地球温暖化の危機に警鐘を鳴らす人たちによる「飛ぶのは恥(フライトシェイム)」運動が活発化しており、飛行機ではなく鉄道での移動を選択するムーブメントが起こっており、スウェーデンでも「飛び恥」を意味する新語「Flygskam」が生まれた。このムーブメントが実際どれほど温暖化の抑止力となっているのかは分からないが、人々への啓発の役割を担っているのは確かだろう。熱心な活動家の友人も多い中、ひっきりなしに飛行機で世界を飛び回っている私は肩身の狭いことこの上ないのだが。
さて、長旅を経て無事にコペンハーゲンへ辿り着いた。これから怒涛の狂想曲的な日々が始まる。ああ、2019年の夏。
後編へ続く。
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