前回、スウェーデンはストックホルムからお届けしたコラムから1カ月以上空いてしまった。その間、どこで何をしていたかと言うと、コペンハーゲン、ヘルシンキ、北京、大阪、東京、神戸、明石…などの都市で、とにかく一切合切の「あだこだ」を経験していた。
その中でも、北京での「あだこだ」はなかなかの狂気指数を弾き出したので、ここにしたためてみたい。
コペンハーゲンから日本への帰路、最初の経由地であるヘルシンキへの便が大幅に遅れたため、予定していたヘルシンキ発大阪行きの便に乗れなかった私。
(コペンハーゲンの空港にて)
エリコ「ヘルシンキ発の大阪行きは私たちを待っていてくれるの?」
係員「分からないわ。遅れた乗客を置いて飛んだ方が、航空会社にとって安上がりだしね」
エリコ「…」
(コペンからヘルシンキへ向かう機内にて)
エリコ「…で、日本行きは待っていてくれるの?」
CA「分からないわ。ヘルシンキで聞いて。遅れた乗客はアナタだけではないのよ」
エリコ「…」
(ヘルシンキ空港にて)
エリコ「….で、日本行きの便は今どこ?」
係員「オー、Ms.マキムラ。これが貴女の新しい搭乗券です」
北京行きっっっっっっっっっ!!!
エリコ「(わなわなわなわなわなわなわなっ)私が向かう先は北京ではなくて、大阪!」
係員「…」
エリコ「しかも、北京から大阪への搭乗券が無いのは何故!?」
係員「…北京に着いたら発券してもらってください」
エリコ「英語が通じないあの空港で、こんなややこしい状況をどう説明して搭乗券を印刷してもらえるんですか!?」
係員「… 取りあえず、北京に行っちゃって下さい」
そんなわけで、思いがけず北京に飛ぶ羽目になった次第。ヘルシンキを出て約7時間後、飛行機は北京に着陸した。
シートベルトを外すや私は戦闘態勢に入った。何しろ北京から大阪への搭乗券を持たないまま、一旦中華人民共和国に入国しなければならないからである。
飛行機から降りてまず向かった先は、インフォメーション。「グッドモーニング」と挨拶しただけで身構える受付嬢。英語はほぼ通じそうにないので、単刀直入に言ってみる。
エリコ「チケット、刷って」
受付嬢「我不知未購買搭乗券。是不可能搭乗券嗚呼印刷」と、しきりにある方角を指差すので、そちらへ行ってみた。ガラ空きのレーンが一隅にあり、そこには審査官らしき男性が座っていた。パスポートを見せると
審査官「ボーディングパスッ」と怒鳴る。
エリコ「搭乗券は航空会社のカウンターで印刷してもらうように指示が出ているのだけれ…」と最後まで言わせず、
審査官「ノー・ボーディングパス・ノー・エントリーッ」と、激しく私を追い払うジェスチャー。即座に瞬間湯沸かし器へメタモルフォーゼする私。
エリコ「まず話を聞きゃーっ」と怒鳴り返すと、再び
審査官「ノー・ボーディングパス・ノー・エントリーッ」
こんなことで怯んでいたら、私は一生日本に帰れぬ。この場で必要なのはどうやら、(1)英語と中国語が出来るヒト(2)パワフルそうなヒトのようである。
広大な空港を見渡したところ、入国審査エリアの端に何となく華やかな一団が並んでいるのが遠目に見えた。そこは「関係者並びに外交官用」の特別レーンであった。長旅を終えたばかりの機長、操縦士たちご一行がやれやれといった感じで談笑していた。そこへやって来た怒りの炎に包まれた一人のピアニスト。一瞬にしておしゃべりは止んだ。
エリコ「搭乗券が無いので、中国に入国出来ないの」
ご一行の1人「えっ!?でも、ここは関係者と外交官用のレーンだから、キミは僕たちと一緒には入国出来ないよ」
(ここから、私による私の状況説明会が延々と続き、いささか食傷気味の皆さん)
エリコ「とにかく帰らんならん。私を日本に帰してーーーー」の絶叫が空港中にこだましたところで、機長らしき方が諦めたように力のない声で同僚たちに告げた。
機長「ちょっと行ってくる。バスのところで追いつくから…」
私はなんと地上で機長のハイジャックに成功してしまったようなのだ。
機長さんは何人かに状況を説明し、どこに私を押しつけ…ではない、送り届けたらよいか、手立てを考えて下さっている。
機長「分かったよ!まずはみんなと同じように一般のレーンから入国スタンプをもらい、そこからターミナル2へ向かって。搭乗券が無くても絶対入国できるから!!」
エリコ「…『絶対』言うたな…」
若き機長よ、この世に絶対など無いのよ。貴方にも、遅かれ早かれそのことを知る日が来るわ…と、エリコは急にやさぐれた女賭博師の様相に豹変した。
それにしても、機長さんを拘束してから随分時間が経ってしまった。幾ら何でもここらで彼を解放して差し上げねばならない。厚く御礼を申し上げ、私は列に並んだ。ふと顔を上げると、何となく見覚えがある男性3人。ヘルシンキの空港で見かけた、私と同じく関空行きに乗れなかったヨーロッパ人の乗客ではないだろうか。あちらも私を覚えていらしたらしく、「あっ」という顔になったところで声をかけてみた。
エリコ「大阪に行くのよね?」
3人「そうだよ。北京に着陸してからこの列に来るまで、あちこちたらい回しにされて凄く時間がかかってしまった」
エリコ「突然だけど、大阪まであなた達と臨時ファミリーになってもいい?」
3人「いいよー」
エリコ「わーい」
という訳で、国籍は違えど、困った者同士が助け合う場面に巡り会えるのも旅の魅力の一つ。しかし。彼らはなんと、24時間以内の中国滞在者(乗り継ぎも含む)に必要とされる「通過ビザ」のスタンプを押してもらっているではないか。
あの若き機長は、「スタンプはいらない。このまま列に並んで」と確信に満ちた口調で言ったのに、私の寄せ集めファミリーは「よく分からないが、あそこへ行けと怒鳴られて行ってみたら、これを押された」とのこと。
一難去ってまた一難。この恐ろしい長蛇の列を離れて臨時入国ビザのスタンプを貰いに行き、また行列に戻っていてはもう一生祖国に帰れない。…と突如、私達4名は係員により「あっちへ行けっ」と、別のレーンへ追いやられた。そして並んだところが、「関係者並びに外交官用レーン」
先ほど、私が機長をハイジャックしたのと同じ場所ではないか。いきなり「関係者並びに外交官」となった私。四半刻前はここから入国は出来ないと言われたのに、一体どういうことなのだろうか。
さて、いよいよエリコの入国審査である。
指紋認証が計4回。パスポートの念入りなチェック。搭乗券については諮問されなかった…と思う間もなく、「通過ビザのハンコは?」の問い (正しくは「スタンプッ、スタンプッ」)。
そして間髪入れず今度は「トゥギャザー?」と、臨時ファミリーの3氏を指して言うので、「イエス、イエス」と応答すると、それで入国審査終了。
…何事だろうか…。兎にも角にも、私はどうやら無事中国に入国出来たらしい。紳士3名と、先ずは搭乗券無し(エリコはスタンプも無し)の入国を無邪気に喜びあったのであった。
しかし、この後も予想通りの地獄の黙示録。
詳細を記すと延々終わらないので割愛するが、出国手続きや山のようなセキュリティを抜けて関空行きのゲートにたどり着くまで、北京に着陸してから2時間半もかかってしまった。
そんなこんなで、屍(しかばね)のようになりながらも無事帰国を果たした私。あっ、でも元気です。
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