ヨーロッパでの長旅を終えて、先日帰国した。
今年は欧州も異常気象で、連日一滴も雨が降らず怖いくらいの晴天であったが、さすがに8月下旬になると、通り3本先辺りから秋の気配が忍び寄り始めた。
そこで帰国と相なったわけだが、関空へ降り立つと、猛烈な熱気とペンキで塗ったような真っ青な夏空に迎えられて一瞬気が遠くなった。しかし、日本出国前には頭痛がするほどミンミン鳴いていたセミの声はもはや聞かれず、コンビニでは既におでんが売り出されている。季節はゆるりと郷愁の秋へと移行しているのだと、そこはかとないメランコリーに浸る私である。
さて、この夏の締めくくりとして、コペンハーゲンでの真夏の一夜についてしたためてみたい。
その日スウェーデンの旅から戻った私は、ドラッグクイーンの友人の恋話に付き合い(小説4冊分の長さ)、そこからタクシーを飛ばして次の待ち合わせ場所に向かった。友人の1人が企画したサプライズディナーで、最初は4人でのこじんまりした夕食会のはずだったのだが、「エリコが来ているよー」と各々が電話をかけ始め、レストランのオーナー、音楽プロデューサー、ロックシンガー、ジャーナリストたちが続々と到着。15名を超す友人たちが集まり、その賑やかなことと言ったらない。月曜日だというのに、突然の呼び出しにも関わらず自転車で嬉々とやって来るこの余裕がいかにもデンマークらしい。
北欧はここ数年、食ブーム花盛りである。隣に座ったレストランのオーナーと食材について語り合っていたところ、「僕たちはこの1カ月、海苔をどうやってメニューに活かそうか議論を重ねているんだ」と言う。たまたま日本から持参した明石の海苔がバッグの中に入っていたので謹んで献呈すると、物凄く喜んでくれたのと同時に、非常に不思議がられた。「日本人は普段から海苔をハンドバッグに入れているの?」と聞かれて返答に困ったが、本当にありがとう、この海苔を使った新メニューを考えるよと力強く約束してくれた。
さて、夜はまだまだ続く。日の入りが22時という北欧の夏。ヴァイキングの末裔たちの身体をアルコールが駆け回り、これからバーで(さらに)数杯ひっかけてから、良い音楽と共に踊りたいとワガママを言い始めた。月曜日に開いているクラブなんて無いじゃないと文句を言ったところ、全員が無言で私を指差した。これは... これは、ピアノが置いてあるバーを襲って、私にそこで弾けという意味だ。
トンヅラする機会を伺いながら歩いていると、突然「エリコーーッ」と獣(けもの)の咆哮のような声がしたのでそちらに目をやると、ヨーロッパ最強の暴れん坊集団がくしゃくしゃの笑顔で子供のように大きく手を振っているではないか。
私は観念した。この集団に出会ったが最後、共に三途の川を渡らねばならない。以前、3日連続で国をまたいでの不夜城パーティに付き合ったことがあり、回復に1週間かかった。
超大型タクシーが3台呼ばれ、私はそのうちの1台に押し込まれた。そして、とんでもない人数に膨れ上がった一行はピアノのあるバーへ向かった。
夜中の2時頃まで弾いて踊って笑ったところでコッソリ抜け出そうとしたところ、「エリコーーッ、外を見てみろ。月が美しすぎるじゃないか」と今夜2度目の咆哮と睥睨(へいげい)が私を威圧した。またもやタクシーが呼ばれ、車は砂浜の前で止まった。これからムーンライトスイミングの始まりである。
...その後も延々続くのだが、長くなるので割愛する。それにしても、月曜日からこんなに遊んでいるのに、この仲間たちはそれぞれの分野で第一線をひた走り、またチャリティーやボランティアにも熱心なのである。
ヴァイキングたちに怖ろしく振り回されたと思っていたが、実は彼らの方こそ私に付き合ってくれたのではないかと日本に戻ってから気づいた。国をまたいでの公演続きで、私にいつものような元気が感じられないのを彼らは敏感に察知して、あらゆる所に連れて行ってくれたのだ。そう思うとなんだか泣けてきて、塩を入れ忘れたまま茹でてしまった夜食の枝豆に涙がポタポタ落ちた。塩分の自給自足である。
窓を開け放してこのコラムを書いているが、蝉ではなく秋の虫の声が聞こえる。枝豆と虫の声とメランコリー。
海外のお話が続いたので、次回は場所を日本に移してのコラムをお届けします。
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