渡欧が目前に迫り、支度と向こうでのプロジェクトの準備に忙殺されている。さらに現在、所用で急遽お江戸に出張中の、どこでもエリコ。
今回の旅では、フィンランドのヘルシンキを経由して、最初の目的地、デンマークに入るのだが、私は過去何度もヘルシンキの空港でドラマクィーンを演じてしまっている。
例えば、2015年に発生したドラマ。審査官により、なんと2017年付け、つまり2年先の入国スタンプを押されてしまい、しかしそのことに全く気づかぬまま1カ月をヨーロッパで過ごしていた。そして、さてやっと日本へ帰国となった際に事件は起こった。
出国審査官が私のパスポートをそのアイスブルーの目で穴の開くほど見つめている。パスポートは旅行者にとって命の次に大事なものであるから、どうぞ穴だけは開けてくれるなと祈っていたところ、審査官はやがて私に向かって厳かに告げた。
「Ms.マキムラ。YOU HAVE A BIG PROBLEM.アナタは2年後の未来からやって来た」
私は白眼を剥いた。誓って言うが、ここは劇場ではない。そして審査官も私も俳優ではない。ここは、れっきとした国際空港である。
「このパスポートを見ろ。キミは間違いなく2年後の未来から来ている。コンピューターも、マキムラは未来から来たと言っている。今からキミを、現在に引き戻さなくてはならない」
そう宣告され、私は2人の屈強なフィンランド人の係員によって連行されてしまったのである。
日本便への乗り継ぎ時間は非常に短いのに、私はオーロラの彼方かと思われるほど遠いオフィスまで連れて行かれた。この日の便を乗り過ごすと、翌日の日本でのコンサートに間に合わない。演奏会のドタキャンは、音楽家にとって致命的である。
私は連行途中、彼らに向かって怒った。懇願した。哀願した。嘘泣きした。
「入国時、あなたの同僚の誰かがスタンプの日付けを間違えたのでしょうが!私は未来からなんて来ていない。現に、ここであなた達とウソみたいな寸劇を演じているではないの」
しかし、フィンランド人恐るべし。彼らは顔色一つ変えることなく、こう言い放ったのである。
「一旦未来に行ってしまった人を現在に引き戻すには、時間がかかるんだよ。」
...これがかの有名なフィンランドジョークというやつであろうか。他国の人にはその面白味が最初のうちは全く分からないが、暫く彼らと付き合ううちに、じわじわとそのユニークさがツボにはまるという、例の、アレだろうか。
係員の腰にぶら下がっている手錠を横目に、私はめまぐるしく思考を巡らせた。恐れ多くも(?)私は関西生まれの関西育ち。会話の全てがネタとオチで構成される関西国で、話術のスパルタ教育を受けて来た者として、フィンランド人のユーモアに対してこのままおめおめと白旗を掲げて良いはずがない。
ようやくオフィスに到着すると、私は関西人代表としてその誇りにかけて彼らへの説得にかかった。フィンランド人の多くは「R」をかなりの巻き舌で発音するので、ちゃんとそれを真似て話すあたり、相手に合わせようとする私の律儀な性格も暗に伝えたつもりである (結論から言うと、こういう行為を「無駄な努力」と言います)。
そして、はたまた結論から先にいくと、私の関西人話術は相手からの総攻撃により壊滅的打撃を被ることとなった。
つまり、相手は「徹底的無視作戦」に出たのである。
40分待たされ続けた後、遂にパスポートは私の手に戻された。
「我々によって、キミは無事に未来から現在への帰還が叶った。よかったな。」
開かれたページを見ると、「2017年入国」と間違って押されたスタンプにボールペンでピッピッと2本線が引いてあり、代わりに「2015年」と新しく入国スタンプが押されているだけだった。
ボールペンの線2本。
ミニマリズムの極地のオチに、エリコ、完敗。
というわけで、かの空港でのエピソードは他にも星の数ほどあるのだが、お江戸での仕事を終えて今から帰神しなければならないので、このあたりで筆を置く。
次回からのコラムはヨーロッパの諸都市からお送りします。皆々さま、お健やかに、ご機嫌よう。
未来からの生還を果たしたエリコ拝
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