欧州を再襲来する強烈なパンデミックの合間をかい潜って公演のためヨーロッパへ渡航し、2週間半で3度のPCR検査を受けて先日無事に帰国した。その模様を記録として認(したた)めたい。
この秋、欧州5カ国から公演のオファーを受けていた。現地のオーガナイザー達と頻繁にやり取りしていたが、次々とロックダウン措置の声明がなされ、日本を無条件で開放国と認定する国、またそこで公演可能な条件を満たすのはデンマークのみとなった。
出国前の1カ月、私は懊悩し続けた。デンマークの国境は日本に対して開いている。公演許可は下りている、公式なビジネスレターを何通も受け取っている。そして何より会場責任者をはじめ、現地チームが安全第一を掲げながら猛烈な働きぶりで公演準備に取り掛かっている。
その一方で、登録している「たびレジ」から連日各国政府の公表内容が届き、欧州の状況と打撃の激しさを読むにつけ、慄(おのの)きは深まっていた。私は今年3月、渡欧中にロックダウンと国境封鎖をダブルで経験し、帰国の可否が分からぬ不安極まりない1カ月を過ごしたため、この未曾有のパンデミック禍での在り方についてかなり過敏になっていたのだ。
スタッフとの数えきれないオンラインミーティング、現地警察と航空会社への問い合わせを繰り返した末、私は最終的に渡航を決意した。先ずはありとあらゆる証明書を手に入れて、万難を排しての渡航に臨まなければならない。
入国時刻の前72時間以内にPCR検査を受け、陰性証明書を発行してもらう。検査と英文証明書で合わせて41、500円。私が受けたのは鼻腔からサンプル採取の方法で、熟練医のお陰で何の痛みもなく、緊張していた私にはありがたかった。ちなみに、陰性証明書は紙ベースでの提示が必要。
加えて、ビジネスレター、宿泊先責任者からのドキュメント、公演チラシ、海外渡航保険証など、何部も印刷して万全の備えに努める。その間にも、更新された規則についての通知が航空会社から続々と送られてくる。最終目的地のコペンハーゲン国際空港でパスポートに入国スタンプを押されるまで、この旅が果たしてどうなるか読めないと緊張が増してゆく。
関西国際空港行きのバスに乗り込んだ瞬間、アメリカでの大統領選開票が始まった。世界が動いていると肌身に感じる。そして車窓にさす月光が悲しいまでに明るい。
実は、今年始めに日本と欧州往復便のチケットを既に2セット分保持していたのだが、両航空会社が少なくとも来年3月末まで運休のため、今回新しく買い直したのがエミレーツ航空のチケット。ドバイ経由、コペンハーゲン着というルートだ。
ボーイング777–300の機内は快適で、星空を想像させる天井のライトも美しく、ドバイへのフライトは出国前の緊張を一時的に緩和させる時間だった。換気も頻繁に行われる。乗客は定員の1割ほどだっただろうか。機内では食事以外、常時マスクの着用を求められた。
関空を離陸して11時間15分後、機体はドバイに着陸。現地時間5時45分のドバイ国際空港では超高級ブランド店が開店しており、何かこう隔世の感が込み上げる。
そして乗り換え、さらに7時間の空の旅。最終目的地のコペンハーゲンに到着。
降機してのち、入国管理局で半時間ほど留め置かれた。提示した書類がチェックに回されたようだが、前述の通りデンマークは日本を開放国と認定しているので、本来なら私は無条件で入国可能なはずだ。しかし規則が頻繁に変わるため、入国審査官もしかとは把握していない様子だった。さらに「COVIDー19 GUIDE」と書かれたベストを着用した係員が「全員、陰性証明書を準備して!全員!!」と大声で叫ぶので、少々閉口した。勤務を終えたばかりのパイロットや客室乗務員にも「ソーシャルディスタンス!」と手厳しい。旅客は目算で数えられるほどしかいない。絶叫しなくてもちゃんと聞こえています。飛沫、やめて。
ちょっと権威を持つと威丈高になるヒトもいるのだなと、諸行無常の鐘が長旅に疲れた頭の中でゴーンと響く。
やがて入国審査官が私を手招きした。デンマークは日本に対して国境を開いている。なのであなたは何の問題もなく入国できます。コンサート、頑張ってねと笑顔でパスポートに押印を頂いた。荷物受取り所にウィルス簡易検査コーナーがあり、旅客は無料でこのサービスを受けられる。個人の感想として、陰性結果は束の間の安息をもたらし、また、今後さらに気を引き締めねばとの喝にもなる。
とにかく私は到着ゲートまで来た。これから2週間のコペンハーゲン滞在、公演、日本への復路、帰宅、そして2週間の完全自粛が明けるまで、何が何でも安全・健康第一で過ごさなければならない。
次編に続く。
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