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戦争とひょうご記事一覧

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米国での講演に向け、資料を整理する千葉孝子さん=芦屋市精道町
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米国での講演に向け、資料を整理する千葉孝子さん=芦屋市精道町
千葉さんに同行し、米国で平和コンサートを企画する池辺幸恵さん=神戸市中央区東川崎町1
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千葉さんに同行し、米国で平和コンサートを企画する池辺幸恵さん=神戸市中央区東川崎町1

 3歳のとき、広島への原爆投下で被爆した千葉孝子さん(73)=兵庫県芦屋市=の半生は、健康不安や差別との戦いだった。結婚をあきらめかけた青春時代、「ともに重荷を背負おう」という夫の言葉が生きる希望になったという。戦後70年という節目の夏、千葉さんは米国で自らの体験を語り、そして伝える。なお続く被爆者の悲しみと苦しみを。核兵器廃絶への強い思いを。(井上 駿)

 千葉さんは爆心地から2・5キロにあった自宅内で被爆し、生き埋めになった。「ピカッという光。市街地を焼き尽くす炎、街中をさまよう人たちの包帯ににじむ真っ赤な血。この三つが、3歳だった私の脳裏に焼き付いた」と振り返る。

 幼いころは病弱で、芦屋に移った後も放射能の影響におびえた。夫との結婚の話が出たときも、千葉さんが被爆者であることで反対する声もあった。だが夫は「重荷をともに」と押し切ってくれた。

 2006年に93歳で亡くなった母、副島まちさんは生前、兵庫県原爆被害者団体協議会理事長として、被爆者の救済に奔走。千葉さんは思いを受け継ぎ、現在は芦屋市原爆被害者の会会長として国内外の平和運動に参加する。

 今回の渡米は、米国の平和団体「ヒロシマ・ナガサキ・ピース・コミッティー」と宝塚市のピアニスト池辺幸恵さん(64)が企画。広島と長崎に原爆が投下された8月6日と9日に現地で追悼行事を催し、千葉さんは他の被爆者とワシントンのアメリカン大学など6カ所で講演する。

 池辺さん率いる女性合唱団によるコンサートもあり、峠三吉の原爆詩「にんげんをかえせ」に千葉さんがメロディーを付けた楽曲などを披露する。

 3人の子を育てた千葉さん。子どもが病気になるたび、被爆の影響かと自分を責めた。今なお後遺症に苦しむ仲間も多い。「ともに」と言ってくれた夫は8年前に亡くなり、戦後の時の経過を感じる。

 オバマ米大統領は「核なき世界」を訴えながら、核廃絶の動きは進まない。千葉さんは焦りを感じる。

 「米国では『戦争終結のために原爆投下は正しかった』と信じる人は多い。でも、被爆の実相を伝え、何とか生きているうちに核兵器をなくしたい」

2015/8/3

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