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「無念は忘れない」。戦争で散った若い命をしのぶ法要の参列者ら=春日寺
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「無念は忘れない」。戦争で散った若い命をしのぶ法要の参列者ら=春日寺

 太平洋戦争末期に兵庫県淡路島沖の鳴門海峡で、米軍機の攻撃で命を落とした宝塚海軍航空隊予科練習生の少年らを悼む慰霊法要が命日の2日、兵庫県南あわじ市阿那賀の春日寺で営まれた。悲劇から70年の節目に、当時を生き延びた戦友や遺族、地元住民ら約40人が参列。まだ親が恋しい年頃で散った無念さをしのび、平和を心に誓った。

 1945(昭和20)年8月2日、14~17歳ごろの練習生らを乗せた住吉丸は、鳴門要塞の工事のため現在の徳島県鳴門市から阿那賀へ出港。正午すぎ、米艦載機の機銃掃射を受け、練習生76人を含む82人が亡くなった。

 阿那賀の住民らは遺体を同寺に運んで手厚く供養。最期に母を呼ぶ練習生もいたことから、墓地近くには約50年前、慈母観音像が建立された。

 この日は、ラッパ隊が同像前と同寺で演奏して慰霊。続く法要には、練習生同期の有志らでつくる「慈母観音会」の会員や遺族が県内外から参列し、読経と焼香の後、軍歌「海行かば」を歌った。

 住吉丸の救助活動を手伝った奥野邦二さん(86)=同市阿那賀=は「船には血まみれの遺体が折り重なり、『お母さん、お母さん』という声も聞こえた。かわいそうというほか言葉が出ない」と神妙な表情。機銃掃射で後頭部を負傷した同会代表代行の大島正純さん(84)=西宮市=は「70年たっても戦友の童顔が思い浮かぶ。戦争は二度と起こしてはいけない」と力を込めた。(佐藤健介)

2015/8/3

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