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第二鳥居
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第二鳥居
阪神・淡路大震災で倒壊した石の鳥居=1995年1月17日
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阪神・淡路大震災で倒壊した石の鳥居=1995年1月17日
86年の役目を終えた鳥居を背に、阪神・淡路大震災の記録集を手にする六車勝昭宮司=いずれも神戸市中央区下山手通1、生田神社
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86年の役目を終えた鳥居を背に、阪神・淡路大震災の記録集を手にする六車勝昭宮司=いずれも神戸市中央区下山手通1、生田神社

 三重県の伊勢神宮で戦災をくぐり抜け、神戸市中央区の生田神社で阪神・淡路大震災から復興する街を見守った鳥居が、9月に引退し、86年の歴史に幕を下ろす。場所や姿を変えながら、時代の移り変わりを見てきた。生田神社の六車勝昭宮司は「震災を機に生田さんとお伊勢さんを結びつけてくれた。お疲れさま」と声をかける。(小尾絵生)

 役目を終えるのは、生田神社正門にある「第二鳥居」。木造で高さ約7・5メートル、ひのき造りだがかなり黒ずんでいる。

 同神社は阪神・淡路大震災で拝殿が倒壊。1917(大正6)年に建てられ、神戸大空襲を耐えた石の鳥居は根元から崩れ、ばらばらに折れた。復興を急ぐ同神社に届けられたのが、伊勢神宮ゆかりの鳥居だった。

 伊勢神宮では20年ごとに社殿などを造り替える式年遷宮が行われる。その際に出た古材は再利用され、寄贈された鳥居もその一つ。震災当時は三重県亀山市の旧宿場町・関宿に、神宮への参道を示す鳥居として設置されていたが、もともと伊勢神宮内宮(ないくう)の本殿の棟持柱(むなもちばしら)だった。

 柱は29(昭和4)年に設置。太平洋戦争中、伊勢神宮は空襲の標的にされたが、この柱は爆撃の被害を免れた。

 戦後の遷宮で、内宮の参道口にある宇治橋のたもとの鳥居に姿を変え、さらに次の遷宮で関宿へ移されたのが75年。95年で引退の予定だったが、神戸へ。

 それから20年。老朽化が目立つようになった。安全性などから石造りでの再建をあきらめた生田神社が「再び鳥居を譲り受けたい」と伊勢神宮側に依頼。ちょうど関宿で適した鳥居があることから、“後継”が決まった。

 新しく設置される鳥居も、先代と大きさや材質はほとんど変わらず、すでに60年間使われた物。六車宮司は「生田神社と伊勢神宮はどちらも太陽神をまつっており、つながりが深い。貴重な鳥居をまたいただきありがたい」と話す。

 新たな鳥居はすでに神戸に移され、内部に鉄骨や樹脂を入れるなどの補強や、表面を削る化粧直しなどの作業を進めている。9月の秋祭りで披露される予定。

2015/8/4

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