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戦争とひょうご記事一覧

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 あの戦争で何が起き、戦後70年の今をどう思うのか。兵庫県内の体験者の言葉に耳を傾けた。きょう70回目の「終戦の日」を迎える。

【終戦の日もゼロ戦は飛んだ】

 高砂市の中野芳男さん(90)の胸元で、零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の飾りがついたループタイが揺れる。福島県郡山市にあった郡山海軍航空隊基地の1等整備兵だった。

 1945年8月15日正午。ラジオから玉音放送が流れ、終戦を告げた。中野さんは炎天下の飛行場で敬礼し、帰着するゼロ戦を出迎えた。

 敗戦が決定的となったこの日の朝も、数機のゼロ戦が敵の艦隊を追って飛び立った。数時間後、敗戦の報を聞き、戻ってきた。

 「終わったんやで」。中野さんは、機体から降りてきた搭乗員に声を掛けた。複雑な表情を浮かべ、誰も言葉を継ごうとしなかった。「戦争が終わった安堵(あんど)感と、将来への不安が入り交じり、浮足立った雰囲気だった」と振り返る。

 戦闘機に魅了され、志願して44年10月に整備兵になったが、戦況は悪化の一途。米軍のB29やグラマンに制空権は奪われた。特攻隊として派遣される同僚搭乗員を何人も見送った。

 終戦後、散っていった同僚たちの冥福を祈りたいと、高砂市職員として働く傍ら、国内の戦地や基地を訪ね続けた。原爆が投下された広島、長崎市。特攻隊員の遺品を展示した知覧特攻平和会館(鹿児島県南九州市)…。

 「何のための戦争だったのか。なぜ、こんなに多くの人が亡くならなければならなかったのか」

 戦死者の名前が刻まれた遺品や慰霊碑を前に、わだかまりが消えることはない。

 「何度問うても、無念さしか残らない」(井上 駿)

2015/8/15

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