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明石空襲被害などの継承を図る大聖寺。左は慰霊塔=上ノ丸1
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明石空襲被害などの継承を図る大聖寺。左は慰霊塔=上ノ丸1

 明石空襲の犠牲者の遺骨を戦後70年近く供養してきた大聖寺(明石市上ノ丸1)が、戦争の惨禍を後世に伝える新たな試みを始めた。遺族の高齢化が進み参拝者が減る中、多くの人の目に触れる屋上に平和を祈る銅像を建立。「風化を食い止めたい」と話す。

 市内は、アジア・太平洋戦争が最終局面を迎えた1945年1月以降、戦闘機を製造していた川崎航空機(現・川崎重工業)などを狙った6回の空襲に見舞われ、計1560人が死亡・行方不明-との記録が残る。

 同寺の境内には戦後、明石市と川崎重工業が建立した二つの墓と、74年に先代住職が建てた慰霊塔があり、毎年1月19日に川崎重工業、6月第1日曜に明石空襲の慰霊祭を開催。だが五十回忌を過ぎ、5年前からは高齢になった遺族の参加が途絶えた。

 このため松尾義康住職(63)が「戦争の痛ましさを次世代に発信するシンボルを作りたい」と銅像の建立を計画。今夏、高さ約2メートルの像が屋上に置かれた。激戦のあった太平洋に向いた像は、電車の窓からも見ることができる。

(新開真理)

2015/9/24

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