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「銀の馬車道」の設計技師 仏へ墓参 シスレーしのぶ 姫路市内の住民団体 「現地と交流続けたい」
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銀の馬車道を設計したフランス人、レオン・シスレーの墓参報告会=船津公民館
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銀の馬車道を設計したフランス人、レオン・シスレーの墓参報告会=船津公民館

銀の馬車道を設計したフランス人、レオン・シスレーの墓参報告会=船津公民館

銀の馬車道を設計したフランス人、レオン・シスレーの墓参報告会=船津公民館

 明治・大正期に姫路と生野鉱山(朝来市)を結んだ「銀の馬車道」を設計したフランス人技師、レオン・シスレーに感謝を伝えようと、住民団体「銀の馬車道・船津の会」のメンバー3人が9月、同国の墓地などを訪れた。帰国後、姫路市船津町で報告会を開いた。

 シスレーは24歳だった1873年、日本政府に招かれ、生野(朝来市)を拠点に馬車道の整備を始めた。3年後、当時の最新舗装「マカダム式」で完成させた。その後フランスに戻り、同会によると、31歳の若さで亡くなったという。

 訪問団はまず、同国のサンテティエンヌ鉱山学校で日本語講師を務めた丹羽恭男さんの案内でシスレーが眠る南東部の都市リヨンの霊園に向かった。墓前では生野・教徳寺の住職から預かった線香を供え、手を合わせた。シスレー家の敷地だった市民公園や生家とみられる建物も巡った。

 翌日、シスレーが学んだ同学校や炭鉱博物館を訪れ、同校の教授らと意見を交した。丹羽さんからは晩年のシスレーについて新情報を得たといい、メンバーを代表して報告した天野司さん(72)は「まだまだ研究するものがたくさんある。交流を続けたい」と締めくくった。(有島弘記)

2025/10/8
 

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