戦争とひょうご記事一覧
広島の原爆で父を亡くした宝塚市の藤間昭代(てるよ)さん(73)が、70回目の命日となる24日を前に、父が広島から岡山県津山市の家族に宛てた手紙約10通を、広島平和記念資料館(広島市)に寄贈した。新聞記者だった父は、妊娠中の妻幸子さんと娘4人を津山に残し、原爆投下の約3カ月前に姫路市から広島へ赴任。直筆の手紙には、妻の体調や娘の成長を気にかける優しさがにじむ。藤間さんは「少しでも戦争の悲惨さが伝わる資料に」と願う。(田中宏樹)
父藤間侃治(かんじ)さん=当時(33)=は、岡山市の合同新聞社(現・山陽新聞社)で勤務。1945年5月、姫路から広島へ転勤した際に単身生活を始め、家族へ頻繁に手紙を送っていたという。
物は無くとも心だけは豊かで朗らかな子供にしてやつてお呉(く)れ。こんどはそれを楽しみに帰る。
同月下旬の手紙では女手一つで娘を育てる妻への気遣いや、再会を心待ちにする心情をつづる。6月には宮島の厳島神社を参拝。「土地の地理や事情を早く知ることが必要」などと書かれた文面からは、仕事に打ち込む様子が垣間見える。
一方、7月下旬には他都市と比べて平穏な広島の街に不安を漏らしていた。最後の手紙の消印は原爆投下の2日前だった。
子供たち元氣な由 安心した。十二、三日頃には帰る心算。
津山から手紙が届いた翌日に筆を執り、ナスやキュウリを食べ、酒も飲んでいるなどと近況を報告。帰省の予定日も知らせていたが、かなわなかった。
8月6日、侃治さんは広島市の下宿先で被爆。終戦後、全身に包帯が巻かれた状態で津山市に戻ったが、同月24日に力尽きた。
侃治さんは亡くなる直前、幸子さんへ「強く生きてくれ。子どもを良縁に付けてくれ」と託した。昭代さんは「幼い娘たちを残していくのは、どれだけつらかっただろうか」と思いをはせる。
幸子さんが2008年、92歳で亡くなり、昭代さんが手紙を受け継いだ。戦後70年の今年、後世へ伝えたいと寄贈を決めた。
8月5日に姉妹で広島を訪ね、手紙を資料館に預けた昭代さん。「父の遺品が手元を離れる寂しさはある。だからこそ、手紙を見た人には戦争を絶対に繰り返してはいけないと強く思ってほしい」と力を込めた。
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