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銘板を張り付けた後、ガス灯「1・17希望の灯(あか)り」の前で笑顔を見せる西嶋隆二さん(右)と仲谷友子さん=23日、神戸市中央区加納町6(撮影・大山伸一郎)
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銘板を張り付けた後、ガス灯「1・17希望の灯(あか)り」の前で笑顔を見せる西嶋隆二さん(右)と仲谷友子さん=23日、神戸市中央区加納町6(撮影・大山伸一郎)

銘板を張り付けた後、ガス灯「1・17希望の灯(あか)り」の前で笑顔を見せる西嶋隆二さん(右)と仲谷友子さん=23日、神戸市中央区加納町6(撮影・大山伸一郎)

銘板を張り付けた後、ガス灯「1・17希望の灯(あか)り」の前で笑顔を見せる西嶋隆二さん(右)と仲谷友子さん=23日、神戸市中央区加納町6(撮影・大山伸一郎)

 神戸・東遊園地にある「慰霊と復興のモニュメント」。「名字が違うから、遺体安置所も別々だった。一緒になることができて喜んでいると思う」。兄と、兄の内縁の妻を亡くした大阪府羽曳野市の会社員西嶋隆二さん(58)は、2人の名前を刻んだ銘板を並べて張り付け、そっとなでた。

 亡くなったのは芦屋市公光町の焼き肉店店主、西嶋新一郎さん=当時(42)=と、内縁の妻、松浦美奈子さん=当時(54)。18年前、2人が暮らしていた木造2階建てアパートは激震で倒壊。隆二さんは3日後、芦屋署から連絡を受け、安置所となった小学校の体育館で、兄の遺体と対面した。

 「恐怖を感じさせるような怖い顔だった。忘れられない」。一緒にいたはずの美奈子さんは名字が違うからか、別の安置所にいた。「事実上の夫婦として暮らしていたのに…」。葬儀は夫婦として2人一緒に執り行い、大阪府富田林市の西嶋家の墓に納骨した。

 震災から10年がたった2005年1月17日、芦屋市の追悼行事に出席した。犠牲者の名前が読み上げられたが、五十音順のため、2人の順番はばらばらだった。「仕方ないとは思うけど、何だかかわいそうで」。違和感はぬぐえなかった。

 今年3月11日。兄の誕生日に合わせ、東遊園地のモニュメントを初めて訪れた。震災後に離婚したが、連絡を取り合っていた仲谷友子さん(60)=富田林市=が「新一郎さんたちの名前を見に行こう」と誘ってくれた。だが、いくら探しても見当たらなかった。隆二さんは「犠牲者全員の名前があると思っていた。急いで掲示を申し込んだ」と話す。

 この日、隆二さんは仲谷さんと一緒に式典に出席。新一郎さんの名前の下に、美奈子さんの銘板を張り付けた。「2人が大好きだった神戸で名前を刻むことができた」。安堵(あんど)の表情を浮かべる隆二さん。

 「これからは時折、この場所に足を運びたい」

 仲谷さんも、うなずいた。(上田勇紀)

2012/12/24

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