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亡くなった真奈さん 「震災が忘れられていくのはつらい。風化させないようにしたい」と語る藤本圭子さん=4日午後、神戸市役所(撮影・大山伸一郎)
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亡くなった真奈さん

「震災が忘れられていくのはつらい。風化させないようにしたい」と語る藤本圭子さん=4日午後、神戸市役所(撮影・大山伸一郎)

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 阪神・淡路大震災で長女を亡くした神戸市東灘区の酒店経営、藤本圭子さん(55)が、17日に神戸・三宮の東遊園地である「震災18年追悼の集い」で遺族代表としてあいさつする。6年前に代表あいさつを打診されたときは断ったが、今回は「一歩前に進まないと」と奮起。震災後初めて、亡き娘の名前が碑に刻まれた東遊園地を訪れる。

 藤本さんは東灘区の自宅で激震に見舞われた。2階で寝ていた長女の真奈さん=当時(10)=が梁の下敷きになり、搬送先の病院を探している間に息を引き取った。荼毘に付された1月21日は、真奈さんの11歳の誕生日だった。

 震災後、娘が通っていた同市立本山第二小で震災体験を語り始め、今年で13回目になる。その一方で、銘板に長女の名が残る東遊園地には足が向かなかった。07年の「追悼の集い」ではあいさつの打診を断った。「自分でもよく分からないけど、(現実を)受け入れたくなかったのかな」と振り返る。

 震災後、毎年1月17日前後に自宅を訪ねてくれる真奈さんの同級生がいる。初めは「毎年成長していくので、会うのが嫌だった」という。それでも、社会人になった後も欠かさず遺影に手を合わせてくれる姿に、お礼を伝えたくなった。

 当日は、長女と同級生への思いを語る。「真奈がいたからこそ、毎年みんなが来てくれる。忘れずにいてくれることに感謝したい」

 これまでは、起きているのも嫌だった1月17日午前5時46分。銘板に刻まれた真奈さんの名前と初めて向き合う。(横田良平)

2013/1/4

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